サンタル・チアの靴どろぼう

山崎 なずな


---まさか、うちの演芸会によそのお客さんがくるなんて!
 出番を待つすずこは、ふだんから桃みたい、といわれるほっぺたを、もっとあかく染めていました。
すずこの家は、女ばかり五人のあとに、男の子が一人という六人きょうだいです。高校生のはる姉ちゃん、のり姉ちゃん、中学生のゆりちゃんと小六のまりちゃん。その次が小二のすずこで、最後がまだ三つのケン坊。
 この六人が入れ替わり立ち替わり出演する、お正月と夏休みのおたのしみ演芸会が、すずこの家の名物行事なのです。


 舞台は六畳のおざしき、客席はとなりの八畳間、あいだのふすまが舞台のカーテンの代わりで、玄関を上がったところの二畳間が楽屋です。 お客は、お父さんとお母さんと出番じゃないこども。その家族だけの演芸会に、今日はお父さんが会社の若い人を三人、連れてきてしまいました。おまけに、近所に下宿している、いとこの大学生のトオル兄さんが、氷屋のアルバイトが終わったら、一緒に働いている仲間を何人か連れてくる、というのです。まりちゃんにいわせれば、「みんな、ビールとスイカがお目当て」なのらしいけれど、よその人の前で踊るなんて、生まれて初めてなので、すずこはもうドキドキして、まりちゃんに仕込まれた振り付けを、いっしょうけんめい頭の中でおさらいしていました。
  舞台では、はる姉ちゃんがギター演奏をしています。パチパチと大きな拍手がおこり、はる姉ちゃんが、長い三つ編みをゆらしながら上気した顔で楽屋へ引き上げてきました。

        

「さあ、すずこの番よ」

まりちやんが、藍のゆかたに紅いしごきのすずこの背中をポンとたたいた時、

「こんばんは!」
「おじゃまします!」

トオル兄さんが、仲間を引き連れて、あけっぱなしの玄関から、ドヤドヤと入ってきました。

「おそくなっちやった。演芸会、まだ終わってないよね?」
「もうプログラム三つ、すんじゃったわ。ここは楽屋なんだから、
お客さんはあっち、あっち!」

まりちゃんは、汗くさい一団を八畳間の客席の方へ追い立て、いそがしく振り返ってすずこに最後の念を押しました。

「いい?ぎっちら、ぎっちら、ぎっちらこーの所で右足を後ろに引いたら、ななめ上をみるのよ」

 ふすまのカーテンが、するすると左右に開きました。客席は電気を消してあるので、明るい舞台からはよく見えません。でも、頭がいっぱい並んでいるのはわかります。

「お待たせしました。次は、すずこの(村の船頭さん)です」

 まりちゃんが、「そら、いくわよ」とささやいて、レコードに針をのせました。手巻きの蓄音器から前奏が流れだし、すずこはふるえる足をふみしめながら、舞台の真ん中へ進み出ました。

むーらの 渡しのせーんどさんは

こーとし 六十の おじいさん

とーしは とっても お舟をこぐ時は・・・

はっと気がつくと、すずこは右足を後ろへ引いて、ななめ上を見上げていました。まりちゃんが楽屋から「おじぎ、おじぎ!」といっています。すずこの踊りはもうおわっていたのです。すずこはペコンとおじぎをして、客席のお母さんのところへ逃げ込みました。

「すずこちゃん、とっても上手だったわよ」

 お父さんの会社の女の人にいわれて、すずこはますますあかくなり、お母さんの後ろにかくれました。

 舞台は、ゆりゃんとまりちゃんの輪唱、はる姉ちゃんの手品、まりちゃんのタップダンスみたいなダンス、ゆりちゃんのクイズ、ケン坊の一人芝居、と続いていきます。
 ケン坊の一人芝居、というのは、ケン坊が一人で考えた、へンテコなお芝居です。まず舞台の真ん中へヒョコヒョコと出てきて正面を向き、「あっ、今日、カブラギさんだ!」とわけのわからない事を叫びます。それから「ウン、そうだよ」とうなずき、「どうしよう、どうしよう、ああー」といいながら、頭の毛を面手でトサカみたいに逆立て、より目になってバッタリ真横に倒れます。家では、なにかというとケン坊がこれをやって見せて、みんなをわらわせるのです。
 でも、これがお客さんにも大受けで、ケン坊はお調子にのって三回もアンコールをやりました。

 みんなが、笑いくたびれたところへ、のり姉ちゃんが登場しました。のり姉ちゃんは、家の演芸会では、いつも一番最後に歌います。音楽学校の声楽科を目指しているのり姉ちゃんは、家族のひいき目でなく、とてもきれいなソプラノです。白いワンピースを着たのり姉ちゃんは、「からたちの花」と「君よ知るや南の国」を独唱しました。ものすごい拍手と「ブラボー!」の中、トオル兄さんの仲問の一人でしょう、舞台にとぴだした人がいます。

「ぼくにも、一曲歌わせてください!」


「いいぞ!飛び入り大歓迎!」


ビールー杯であかい顔のお父さんが声をかけ、
またみんながワッとわきました。


「サンタル・チアを歌います」

その人は、胸の前で手を組んで、左右に軽くゆれながら気持ちよさそうに歌い出しました。
すずこはびっくりしました。お米つぶみたいな顔で、背もちっちゃくて、おせじにも立派な体つきとはいえないのに、どこからあんなたっぷりした声がでてくるのでしょう!すずこは目の前に、潮がいっぱいに満ちた海が見えるような気がしました。

 サンタアルウ チイアー

  サンタール チイアー

その人は、最後の高音を朗々とのばして歌い終わりました。のり姉ちゃんの時に負けない嵐のような拍手をかいくぐって、その人は楽屋へひっこみました。

「いやあ、すばらしかった」
「楽しかったわねえ」
「ほんと、感激しました。また、招んでください」

お客ざんたちも大満足の様子です。

「さあ皆さん、召し上がれ」

お母さんが、大きなお盆に、三角に切ったスイカを山盛りにして運んできました。西方八方からワッと手が伸びます。みんなが今度はスイカに夢中になって、家の中はちょっと静かになりました。お母さんが、トオル兄さんにいいました。

「あら、今の(サンタル・チア)の人はどこ?」
「さあ・・・」

トオル兄さんは、スイカにかぶりついたまま、首をかしげました。

「さあ・・って、トオルさんのお仲間でしょ?」
「ちがいますよ。ぼくが連れてきたのは、ほら、こいつら五人ですよ。なんだ、おじさんの会社の人じゃないんですか?」
「いいえ」

お母さんは妙な顔をして、確かめるように会社の若いひと三人の方を振り返りました。 「ええっ、じやいったいだれだったの、あの人!」
ゆりちゃんがすっとんきょうな声をあげ、みんなはいっせいに、スイカを食べるのをやめて、顔を見合わせました。トオル兄さんが、ガバッと立ち上がって、玄関の方へ行きました。

   「やられたあ!」   

トオル兄さんの悲鳴が上がり、みんなはスイカをほっぽりだして玄関へかけつけました。もちろん、すずこもです。 トオル兄さんは、世にもあわれな顔で、かかとのつぶれたまっくろけのズックをつまみあげていました。

「ぼくの黒い革靴がなくなって、かわりにこのオンポロ靴が・・・きのう、買ったばかりなのに」

みんなは一瞬おしだまり、それからだれかがプッとふきだすと、一度にどっと笑い崩れました。

「あのひと、靴どろぼうだったの!」
「一曲歌って、靴とってくなんて!」

ゆりちゃんとまりちゃんは、だきあってお腹をよじっています。

「サンタルチアの靴どろぼうか、ちっくしょうめ!」

そういいながら、トオル兄さんもわらいだしました。
あとになってすずこは、あの歌は「サンタル・チア」ではなくて、「サンタ・ルチア」というのが正しいのだと教わりました。
でも、あの歌をきくたびに、すずこは「あ、サンタル・チアだ!」と思い、トオル兄さんの新しい革靴をはいていってしまった、お米つぶみたいな顔の人の、朗々とした歌声を思い出すのです。それにしても、トオル兄さんの大きな靴、あの人の足にちょうどよかったのでしょうか・・・

  



作者 山崎 なずな

1942年兵庫県に生まれる。国際基督教大学人文科学科卒業後、

児童文学同人「しゃっぽ」の創立に参加、童話を書きはじめる。

作品に「草かんむりの女の子」(偕成社)、

「まほうのガラスびん」(家の光童話賞受賞)、

「アカシヤゆうびん局のお客さん」、「小かげのアカシヤゆうびん局」、

「アカシアゆうびん局とへなちょこ先生」(リブロポート)など。

湘南に暮らし、晩年は小諸市に在住した。2007年卒

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