1998-02

ニューヨークでのオリンピック観戦
真冬にもかかわらずここニューヨークは抜ける様な青空に恵まれサングラスが必要な程です。
2月7日に始まったオリンピックは私にとって日本を英語で紹介しなけれぼならない格好の機会となり、持に開会式の様々な内容説明〜日本の長い歴史と独自の文化についての知識不足を痛感し、寮の友達と共にテレビ放送を通して、日本を勉強しているところです。

ジュリアード「うたの総合病院」のご案内
さてこの連載の97/11号でお話ししましたオペラ実習のクラスでは現在クルト=ヴァイル作曲の『ストリート・シーン』〔ニユーヨークのあるアパートを舞台に妻の不貞をめぐって殺人をする夫と彼等を取り巻く近隣の人々の反応や日常生活を描いている作品)に取りくんでいます。

今回はオペラを含め舞台で演奏するまでにいかに多方面の専門の先生から指導を受けて本番を迎えるか、その課程についてお話ししたいと思います。
初診〜初見
昨年十一月、台本読み。演出担当のヴァークレイ先生を中心に各役の生い立ちや性格等、皆で意見を交わしイメージを膨らませてゆきます。特にこのオペラにはイタリア、スイスの移民と思われる強い訛りが指示されていたり、舞台がニューョークなので想像しやすく、私のような留学生も含めて取り組みやすい題材で皆も楽しみながら各役のセりフを読みました。こんなときでもアメリカ人は常に愉快な雰囲気を忘れない民族です。
その一方で音楽作りの先生のもと、楽譜読みが始まります。芸大にいた頃、あらかじめ自分の部分をさらってゆくのは、そこに集う人に対しての礼儀として当然の作業と教えられてきましたが、ジュリアードでは様子が違っていて、真新しい楽譜を初めて開く学生も珍しくない状態に私は大変驚きました。
この時間、先生の指導によって記号として書かれている音符に命が与えられ、単なる音の連続ではなく「歌、音楽」へと変化させていくための着眼点や解釈を学んでいます。

方言指導
しかし音楽作りをしていく上で必要不可欠なのは言葉と声の問題です。この場合の言葉というのは私の英語力ではなく作品が扱っている言葉のことです。ジュリアードには仏語、伊語、独語、英語の舞台発音の演習があります。日本語でも例えば「おとうさん(お父さん)」と表記されていると、初めて読む外国人や子供はきっとそのまま読むでしょう。しかし実際には「おとーさん」と発音しています。
外国語の演習では発音に関する様々な規則を合理的に体系化し、とにかく一種機械的に規則を覚えていきます。先日私も英語の先生の指導を受けました。テレビドラマ等でも「方言指導・・・」と出てきますが、辞典で調べた発音記号通りのものではなく、ほんの少し味付けをしてもらうだけで、そのセリフだけはスイスから移住したアメリカ人の言葉になるだけではなく、広い会場でも聞き取りやすい舞台発音になります。
何度も練習するせいか、普段の生活でも指導を受けた言葉だけはスイス訛りがとれないもののすらすら出てくるので驚いています。

ジェームズ・レバインの公開講座
発声~会場の隅々に届かせる
そして歌手にとって最も大切な声作りのレッスンでは基本となる発声に加え、音楽作りの先生に要求された場面にふさわしい声の色をだす研究や、せっかく訓練した美しい言葉を会場の隅々に届かせる息の使い方と発声を学びます。
これらの指導予定は声楽科の掲示板に毎週掲示され、各自の持っている今学期中にさらわなければならない曲もこなしつつ、オペラ等のための個人レッスンを受けています。
体力との勝負
私も日本にいるときはかなり体力がある方でしたが、ジュリアードでは息切れを起こしつつ毎日をこなしています。加えて夜7時から三時間の演技をつける稽古がほぼ毎日あるのが最近の様子です。
まるで総合病院にいて各専門の先生に診療を受けているようで、歌う側にある私はとても心強く、また伊語の先生はこう言って学生を励まします。「この学校にいる間に私の教える発音の規則は全部自分の財産にして卒業しなさいヨ。(卒業後の)私の個人レッスンは高いんだから!」と。


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