日本人の習慣的食塩摂取量について、昭和11年までの報告例を平均して、食物中食塩24.9グラム、尿分析による尿中食塩21.9グラムであったと報告されている1)。
また日本の過去の食生活の資料を検討して、昭和10年の食塩の消費量として、秋田34グラム、大阪25グラムで、秋田における食塩摂取の特徴は、味噌の多量摂取と食品の塩蔵の習慣にあることが示された2)。
昭和の初めには日本では前に述べたように、食塩摂取についての関心は酷暑また重筋労働における発汗との関わりについてであり、食塩摂取は合目的であると考えられた時代であった。
すなわち、日本人の食塩需要量についての資料として、農山村住民において、食塩需要量も多く平均20-25グラム、最大40グラムにも及ぶこと、食塩が味噌・醤油・漬物などの形で重要な一養素をなしているが、都市居住者においては1日食塩摂取量は10グラム内外と推測されると報告されている3)。
また北満在住民の栄養についての観察から、満人、開拓民において冬季食塩摂取量が増すことが観察され4)、これが室内温環境の低下との関連が示唆された。食塩摂取によって人の基礎代謝が亢進し、自覚的にも温暖感、食欲増進、精力充実感を覚え、耐寒力が増し、耐凍傷力の増進が窺われるという研究報告もあった5)。
また昭和25年(1950年)当時日本人の栄養摂取基準量(正しくは平均栄養所要量か)として示されていた食塩量は1人1日13グラムで、全栄養素摂取基準量の約2.6%は、他の栄養素の利用効率を高めるために適正であるかを検討するという研究も行われ、食塩量5%以上に多くなると不利であるが、食塩摂取量13グラム(2.6%)の基準量は、たんぱく質75グラム(15%)の食餌の栄養効率に対して有利と考えられるという報告もあった6)。
日本の東北地方住民についての脳卒中・高血圧の研究がすすむうちに住民の食塩多量摂取が近藤、中沢らによって示唆されたが、その実態が初めて明きらかにされたのは、昭和27年(1952年)であった7)。
すなわち福田篤郎らの秋田県農村における高血圧調査の一環として、昭和26年から27年に亙って、農民293名について24時間蓄尿によって、尿中クロ−ル濃度から食塩排泄量を求め、成人1人1日10グラムから50グラム内外、平均26.3グラムの食塩摂取量を推定、1日30グラム以上に多量の食塩を摂取する者が37%もいることが明らかになった。また同時に高血圧者が多いということも明らかにされた。
その後日本各地において高血圧についての疫学研究がひろく行われるようになり、食塩摂取量についても報告されるようになった。
われわれは昭和29年(1954年)に「東北地方住民の脳卒中ないし高血圧の予防に関する研究」を開始したが、脳卒中死亡率の分析を始めると同時に、東北地方各地人口集団について血圧測定を始め、各種生活諸条件との関連について調査を行ったが、脳卒中死亡率と血圧水準の相違と生活の差、とくに食塩摂取と関連のある要因との関連があることを推測した8)。
農民栄養調査の中の食塩摂取量について、東北地方農民は1日27グラムの食塩摂取があることを明らかにし9)、また東北地方農民の尿について炎光分析を応用して、ナトリウム・カリウムの摂取の実態を明らかにし、食生活におけるナトリウムとカリウムの比(Na/K)という見方の必要なことを指摘した10)。
日本各地における食塩摂取についての実状は次第に明らかになり、疫学面よりみた食塩と高血圧にまとめられ報告11)されたが、国際的にみて日本では極めて多量の食塩を日常摂取していることが明かになった。
日本における食塩摂取や高血圧の実態が国際的に知られるようになり、そのうちで日本の東北地方の人々について測定された血圧値は国際的にみて極めて高い値を示し、また同時に食塩を多量摂取している実状は、生理学的に血圧調節の機構を検討していたガイトン(A.C.Guyton)らによって、慢性的な食塩多量摂取の影響と高血圧との関連を示す点において反駁できない(irrefutable)研究報告であると引用されることになった12,13)。
臨床的研究、実験的研究においても食塩摂取の問題が興味をもたれるようになった時代であったが、国際的にみて日常摂取されている食塩が日本のように多量である例はほとんど報告されなかった。
アメリカにおける食塩摂取量が平均10グラム程度と考えられるのに、バハマ島での現地人についての食塩摂取量と高血圧についてのモ−サ−(M.Moser)らの1959年の調査報告14)は注目された。
現地人の食生活は主として、豆、粗ひき穀物、米、魚からなっているが、たんぱく質のもとになる肉や乳製品は殆どないか少なく、食物は塩の入った豚の油であげ、魚は塩して天日に乾かして保存されていた。さらに水のナトリウム濃度がアメリカの平均が0.3-0.4mg/100mlなのに、この島の井戸水では、100-150mg/100mlと極めて高く、住民の尿の24時間排泄量から1日あたり15-30グラムの食塩の摂取があると考えられており、この土地に住む人々の血圧は、最高血圧150mmHg、最低血圧90mmHg以上ある者は男で25%,女で30%と高く、循環器疾患としては脳出血が一番多いと報告された。
モ−サ−の報告を中心に、西インド諸島に高血圧の頻度が高いことや日本の状況を含め、高血圧は遺伝か環境かのアメリカのパネル討論で、食塩の問題はさらに研究する必要があると論じられた15)。
1973年フォドル(J.G.Fodor)らは脳血管疾患による死亡の多いニュ−ファウンドランドの1499名の住民の血圧を調査し、最低血圧100mmHg以上の高血圧者が、25歳以上74歳までの総計でFogoでは27%、Badgerでは18%いることを示し、ここの食餌調査の結果、最近までは、毎日、塩漬けの魚、牛肉、豚肉など食塩の多い伝統的の食事を取っていたこと、調査時のナトリウム摂取量はFogoで1日146-153mEq(食塩として8.5-9.0g)、Badgerは117-127mEq(食塩として6.8-7.4g)であったことを報告した16)。
また循環器疾患による死亡の多いフィンランドにおいて1959年疫学調査によって明かにされた中年に高血圧者が多い人口集団について1974年の再調査が行われ、24時間尿検査によって食塩摂取量として西部地域で14.2グラム、東部地域で16.0グラムの多量の食塩摂取があることが報告された17)。
インドからの最近の報告によると、高血圧者が30%以上あるカシミ−ルで、彼らが飲む茶に塩を入れるとか、食物に塩を付け加えるとかの食習慣によって毎日20-30グラムの食塩を摂取しており、食塩摂取の少ない地方では高血圧者が少ないことから、食塩摂取が彼らの高血圧に関与しているのではないかと述べている18)。
また最近 WHO の CARDIAC STUDY の中で実施された中国各地においてかなり多量の食塩摂取をしている人々がいることが明かにされつつある19)。しかし中国農村で比較的低い血圧を示している農民について24時間尿のミネラル排泄量との相関関係を検討した成績で、ナトリウム/クレアチニン比とは正の相関を示すが、カルシウム/マグネシウム比のみ有意であったという報告もある20)。
このように日本において過去の日常摂取されていた食塩量は国際的にみて極めて多量であったと考えられ、国民栄養調査成績から推測される値として昭和41年から46年まで、全国平均1人1日当り17-18グラムから、最近の報告の12グラム程度まで食塩摂取量が低下はしてきているとはいえ、一般的に多量の食塩を摂取しており、東北地方に多いという地域差、また農家世帯に多いという世帯業態別の差も認められている8)。
しかし国民栄養調査方式による塩分調査成績は国民1人当りであって、成人1人当りではない。野尻雅美らはこの点を検討して、昭和46年から50年にかけての山形県民1人1日当り塩分摂取量は21.8グラムであるのに、成人男子1人1日当り塩分摂取量は26.2グラムと推定できると報告した21)。
日本人全体の血圧の推移を国民栄養調査の際測定された血圧についての昭和33年から51年までの資料について検討した結果22)、最近20年間において、性別、年齢別血圧平均値に見る限り著明な変化の傾向は認められないが、男性においてはとくに50歳以上の年代において、女性においては各年代とも、血圧分布の中90パ−センタイルに位置しているような者の血圧水準が著明に低下している傾向がみられた。
また日本の東北地方農民は食塩摂取が多いが、その中で平均年齢49歳の中年男女26名の同一人について昭和36年と56年に、3日間連続蓄尿による食塩排泄量を測定したところ1日1人当り17.0グラムから11.9グラムに減少したことを認めたが、その間長期に亙って反復測定された血圧値の推移をみると、加齢にともなって血圧値が上昇していないことを認め報告した23)。
1)大森憲太:食餌療法.日本医事新報,713, 1591-1664, 1936.
2)小澤秀樹:脳卒中の地域差と過去の食生活.日本公衆衛生雑誌,15(6), 551-566, 1968.
3)斉藤 一:日本人の食塩需要量.労働科学,22, 218-220, 1946.
4)松本兵三:北満在住民の栄養(II).満州医誌,10(1), 27-46, 1944.
5)緒方維弘:食鹽多量摂取の體温調節機能に及ぼす影響.日本医師会雑誌, 22(2), 58-63, 1948.
6)山田幸男:栄養素の利用効率に及ぼす食塩の影響について.栄養学雑誌, 18(3), 95-140, 1950.
7)木村 勉:秋田県農村の高血圧調査.秋田医師会誌,4(2), 104-107, 1952.
8)佐々木直亮・菊地亮也:食塩と栄養.第一出版,東京,1980.
9)佐々木直亮、他:わが国の脳卒中死亡率の地域差と関連のある栄養因子に ついて.日本公衆衛生学誌,7(12), 1137-1143, 1961.
10)佐々木直亮:東北地方農民の血圧と尿所見特にNa/K比との関係について. 医学と生物学,39(6), 182-187, 1956.
11)佐々木直亮:疫学面よりみた食塩と高血圧.最新医学,26(12), 2270- 2279, 1971.
12)Sasaki,N.:High blood pressure and the salt intake of the Japanese. Jpn.Heart J., 3, 313-324, 1962.
13)Guyton,A.C.:Arterial Pressure and Hypertension. p.464, W.B. Saunders Company. Philadelphia, 1980.
14)Moser,M., Morgan,R., Hale,M., Hoobler,S.W., Remington,R., Dodge,H.J. and Macaulay,A.I.:Epidemiology of hypertension with particular reference to the Bahamas. Amer. J. Cardiology, 4(6), 727-733, 1959.
15)Kohlstaedt,K.G., Moser,M., Fracis,T., Neel,J. and Moore,F.:Panel discussion on genetic and environmental factors in human hyper- tension. Circulation, 17, 728-742, 1958.
16)Fodor,J.G., Abbott,E.C. and Rusted,I.E.:An epidemiologic study of hypertension in Newfoundland. Can. Med. Assoc.J. 108, 1365- 1368, 1973.
17)Karvonen,M.J. and Punsar,S.:Sodium excretion and blood pressure of west and east Finns. Acta Med. Scand., 202, 501-507, 1977.
18)Vazifdar,J.:Hypertension in India. Cardiovascular Disease, 1, 431 -442, 1980.
19)Yamori,Y.:Predictive and prevention pathology of cardiovascular diseases. Acta Pathologica Japaonica. 39(11), 683-705, 1989.
20)Lai,S., Yuanchag,T., Weiling,H., Peisheng,M. and Guanqing,H.: Urinary electrolytes and blood pressure in three Yi farm population, China. Hypertension, 13, 22-30, 1989.
21)野尻雅美、岩崎 清、中村洋一、鈴木重信、新井宏朋:国民栄養調査方式 による塩分調査成績の検討−成人摂取量の推定方法について−.日本公衆 誌,27(4), 163-169, 1980.
22)佐々木直亮、竹森幸一、仁平 將、三上聖治、柳橋次雄:日本人における 血圧の年次推移についての一考察.弘前医学,31(2), 206-215, 1979.
23)佐々木直亮、福士 裹、高橋政雄、竹森幸一:東北地方農民の食塩摂取量 と血圧水準の推移についての縦断的疫学調査.弘前医学,35(2), 232-242, 1983.