アントニン・ドヴォルザーク
Dvorak, Antonin
チェコ 1841-1904
作曲家。チェコは当時オーストリアの属地ボヘミア。肉屋兼宿屋の息子。8歳で村の教会のオルガニストから手ほどきを受ける。10歳で村の楽団でヴァイオリンを演奏。1857年、父の反対を押し切り、プラハのオルガン学校に入る。ヴィオラ奏者としてコムザークの楽団に入る。次いで1862年にはスメタナが創立した国民劇場管弦楽団のヴィオラ奏者となり、スメタナから大きな影響を受けた。1873年、退団し、プラハの聖アダルベルト教会の正オルガニストとなる。オーストリア政府の奨学金を5年間受け、ウィーンで学び、ブラームスに認められ、彼の推薦で出版社ジムロックから楽譜を出すこととなる。またブラームスの紹介により指揮者ハンス・フォン・ビューローと知り合い、ビューローはドヴォルザークの作品を欧州各地で演奏、彼の名を広めた。
1891年プラハ音楽院作曲科教授。1892〜95年ニューヨーク音楽院に招聘され、同地ではアメリカ的作品に取り組み、新世界交響曲などが生まれる。1898年オーストリア芸術科学名誉勲章。1901年オーストリア終身上院議員、プラハ音楽院院長。
スメタナとともにボヘミア楽派と呼ばれ、チェコ国民楽派を代表する作曲家となった。

◆交響曲
第1番 ハ短調 作品3、B.9 「ズロニツェの鐘」
第2番 変ロ長調 作品4、B.12
第3番 変ホ長調 作品10、B.34
第4番 ニ短調 作品13、B.41
第5番 ヘ長調 作品76、B.54
第6番 ニ長調 作品60、B.112
第7番 ニ短調 作品70、B.141
第8番 ト長調 作品88、B.163
第9番 ホ短調 作品95、B.178「新世界より」
◆スラヴ舞曲
第1集 作品46、B.83、4手ピアノ版B.78
第2集 作品72、B.147、4手ピアノ版B.145
◆協奏曲
ピアノ協奏曲 ト短調 作品33、B.63
チェロ協奏曲 ロ短調 作品104、B.191
◆教会音楽
スターバト・マーテル 作品58、B.71
テ・デウム ト長調 作品103、B.176
◆オペラ
王様と炭焼き (Kral uhlir) B.21(第1作)
王様と炭焼き (Kral uhlir) B.42(第2作)、作品14、B.151(第3作)
ルサルカ (Rusalka) 作品114、B.203
◆編曲
ブラームスの「ハンガリー舞曲集」の第17〜21曲の管弦楽版
作品:管弦楽曲DB


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