ジョヴァンニ・パイジェッロ
Paisiello(Paesiello), Giovanni
伊 1740 - 1816
1754〜63年、ナポリのサントノフリオ音楽院でドゥランテ、コトゥマッチ、アボースに師事。
その後オペラ・セリアとオペラ・ブッファの両方を多数作曲、喜歌劇作曲家として人気を集めた。
1776年、サンクトペテルブルクのロシア宮廷に招聘され、女帝エカテリーナ2世により宮廷楽長とイタリア劇場の監督に任命され、84年まで仕える。「セビリアの理髪師」はこの頃の作品。
ウィーンでは皇帝ヨゼフ2世のために交響曲12曲を作曲、1784年にナポリに戻り、1799年まで国王フェルディナンド4世のもとで楽長を務めた。
1799年、ナポリの政治情勢のため、革命政府側へ追従するしかなく、2年間、ブルボン王家から不興を買う。
1802年、ナポレオンの私設楽団の指揮者に任命される。
1806年、ナポレオンの弟ジョゼフがナポリ国王になり、宮廷音楽監督となる。
1815年、フランスのナポリ支配が終わると、ナポレオン側についていたために職を失う。
そして晩年は不遇ではあったが、18世紀後半、オペラ作品の成功により最も名声を博した作曲家であった。
ブッファ様式では「セビーリャの理髪師」が代表作であり、モーツァルトの「フィガロの結婚」、ロッシーニの「セビーリャの理髪師」に影響を与えた。
作品:
◆オペラ(約80作)
トゥリッサーノ侯爵夫人 Il Marchese Tulissano(思いがけない結婚 Il matrimonio inaspettato として再演)
ラ・マンチャの男、ドン・キホーテ Don Chisciotte della Mancia
フラスカーティの女 La frascatana
占い師気どり Gli astrologi immaginari(哲学者気どり Le philosophe imaginaireとして再演)
奥様になった女中 La serva padrona
セビーリャの理髪師、または無益な用心 Il barbiere di Siviglia, ovvero La precauzione inutile
ヴェネツィアのテオドール王 Il re Teodoro in Venezia
オリンピアデ Olimpiade
寛大な競争 Le gare generose
身分違いの恋 L'amor contrastato(水車小屋の娘 La molinara として再演)
ニーナ、または恋ゆえの狂気 Nina o sia La pazza per amore
作品:管弦楽曲DB
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