1997-11
オペラの演技演習
今回はこの三ヶ月間に起きた授業の一コマをお話ししたいと思います。それはオペラの演技演習での事です。
その日は先生の指示により4〜5人のグループに分かれ何か熱心に話し合っているのですが、私には何の為にグループになっているのか、何について話し合っているのかわからず「よくぞこの語学力でジュリアードに籍を置いているものだ。」と心密かにこの学校の懐の深さに感謝していると、グループの一人ジェイソンが「マキコ、話について来られるか?」と助け舟。どうやらその日のテーマは日常生活のSerious Scene(重大な、真剣な場面)。これに沿って即興寸劇をする為に先程から話し合っているそうなのです。

エド・バークレイ先生(写真奥)の「オペラ・ワークショップ」での即興寸劇の授業

課題さえわかれば話は早い。私は実際に東京の電車内で起きた事件について話しをしたところ、グループ全員が興味を持ち早速く脚色が始まりました。果たして私は再び会話の行き先を見失いました。まるでつかみかけたドジョウがスルッと手から抜ける感じです。
せめて自分が何の役をやるのか、話の結末はどうなるのか。他のメンバーに要点を質問しても「マキコはとにかく電車の中の乗客を演じていればいいから。」結末?「さあ、それは成り行きネ」「成り行き?え!そんな〜!」頭の中は大パニック。
他のグループの発表が始まり、多くのグループは「エイズ」に関する話題を取り上げ互いにその場に応じてセリフを投げかけ合うのを見て、あの時程アメリカ人に生まれてこなかったことを悩んだことはありませんでした。さて私達の順番がきました。

いざ本番
ニューヨークの地下鉄の様に椅子を並べ、私もかばんを膝に置き乗客らしい雰囲気でいました。
突然、銃を上着に隠し持った男が電車に乗り込み「金を出せ!!」いよいよ話が展開しだしました。しかし、私の原案には銃を持った強盗なんて出て来なかったので、新しい人物の登場で再び私の頭はパニック。「おい、お前の時計をよこせ」と強盗に私もおどされ、そこでとっさに私が演じたのは、英語を話せない東洋人でした。「え?何でしょうか?もう一度おっしゃって頂けませんでしょうか?」
教科書で習う通りの丁寧な返答する私を見て他の乗客演ずる学生から「この人は英語がわからないんだ。見逃してやれ。」というセリフが飛び出しクラス中大爆笑。とにかく皆の演じているのを必死に観察しては勘を働かせ話を追ってゆきました。
そしてついに強盗は逃げ去りクラスから拍手をもらった時初めて「ああ、こんな話だったんだ。」と理解した私でした。今でもあの時あの教室で最もSeriousだったのは何を隠そう私であったと思います。

失敗の中から学ぶ
「私なんかとても・・・」と謙そんの気持ちでその様に発言しようものならば「では他の人に頼もう」と話が展開してしまうので、失敗して当然、言葉が不足している分積極的な姿勢だけは崩さない。
このことのみに徹してきた三ヶ月でしたが、少しずつ友人もできてきました。それもあの日英語がわからない東洋人を演じたことで度胸が座ったこと。


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