1998-01

カーネギーホールで第九のソリストを務める
「明けましておめでとう」一月も下旬になろうとしていますが、冬休み以来会う友人とは新年のあいさつから会話を始めています。昨年12月に無事に前期を終えそのしめくくりはカーネギーホールでの「日米友好クリスマス公演」ベートーヴェン第九交響曲の独唱を務めたことでした。

満員の観客と共に第4楽章のあの有名なメロディーが始まった時、二月に単身オーディションに渡米した事、ジョンソン先生との運命的な出会い、合格手続き、入学手続き、そして九月からの厳しかったジュリアードでの生活のことが思い出されました。すでに休学したクラスメイトがいたり、それぞれの実力の差がはっきり見えてくる「試練」をひとまずくぐり抜けてきた喜びがひしひしとこみあげ、真に「歓喜の歌」となりました。公演を無事に終え、私は待ちに待った帰国の途につきました。

帰国一番
さて帰国一番私がまず行った所・・・それは6年間、東京で師事した磯貝静江先生のレッスンでした。先生には呼吸法、発声法、音楽作り、またご自身の海外での経験に基づきつつ職業歌手を目指す上で必要な態度や振る舞い、自己管理の仕方などを、母親の様に手取り足取り教えて頂いています。しかし何故ジュリアードでジョンソン先生に師事している上に磯貝先生の所へ伺ったかについてお話ししたいと思います。

西洋人と東洋人との骨格の違い
皆さんは西洋人の顔の骨格と東洋人のそれを比べたことはありませんか?西洋人の顔は小さいけれど奥行きびある頭の形、高い鼻、よく上がった頬骨。これらの骨格の違いは歌手にとって声を作り磨いてゆく上で大切な役割を果たします。
ということも私は磯貝先生の所で学んだのですが、先生は歌手としての活躍に加えて十年間に亘って、フランスのアルクおこなわれるプロが参加する夏期講習会で、日本人で初めての声楽の教授をなさっていました。この経験を通じ西洋人や東洋人の体つきが西洋音楽を演奏する上でどのように影響しているか分析なさり、日本人の私がどのように克服してゆくか客観的なご指導して下さいます。

九月からのレッスンでジョンソン先生は「頬骨にのった声が出るよう」に指導なさいました。(例えていえば、頬骨にお皿があって、そこから声がこぼれないように声を出す)そんな発声を求められ、先生のなさる頬骨の筋肉の動きや声を模範として研究するのですが、他のアメリカ人の学生の様な声質になってゆかないのです。これは表面的に先生の顔の様子を真似することではなく、西洋人と私の何か大きな違いがあるに違いないと思い磯貝先生のところに伺ったのが理由です。

体のすべての器官をつかう
「微笑むように頬骨を上げて歌いなさい」というジョンソン先生のご指導を顔ばっかり真似しているとスクラップ後の様な平たい声になり易く、元来頬骨の高い西洋人にとっては結果的に「微笑む」という形になるけれど、東洋人の場合は、あごのつけ根やのど、後頭部のあらゆる器官を動員しないと西洋人と同じような声質にならないそうです。
ジョンソン先生のご指導を受け試行錯誤を繰り返し、そして磯貝先生に分析して頂いて具体的に日本人の私にあてはめてゆくことでジョンソン先生のご指導がしっかりと「私のもの」として定着してゆくのを感じました。

いつの日か一人歩きを!
アメリカでの私はまだ赤ん坊です。その赤ん坊がつたい歩きをする様に、私にはまだ磯貝先生の様に別の言葉で置き換えて下さる存在が必要ですが、いつの日か様々な特性を体得し「西洋人だからすごい声が出る」のではない自分の体を作り自分の力でたち歩けるようになりたいと思っています。
カーネギーホールの楽屋にて。


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