『ブルグミュラー25の練習曲、18の練習曲』2008年発売
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出谷 啓(音楽評論家)

 ピアニストの長井充は、大阪音楽大学の創設者、永井幸次氏の孫に当たり、数奇な運命をたどられた方と聞く。修道院生活まで送られ、70歳を過ぎて再びピアノ演奏に復帰されたのである。「ピアノ・アルバム」と題されたCDは、いわばポピュラー名曲集、ピアノ・ピースとして楽譜が売られていて、誰でもが気軽に求めて、家庭でも弾ける作品ばかりである。ただメンデルスゾーンの「慰め」が冒頭に演奏され、最後にまた同じ曲で締めくくられているのは、この曲がピアノ曲で唯一、賛美歌に編曲されたものであるからだろう。ここにはキリスト者、長井の主張のようなものが感じられる。
 演奏は音楽の流れが、呼吸するように自然なのが何よりも素晴らしい。タッチが軽快で透明、濁りのない美しい音色で弾かれている。したがって和音に重苦しさがなく、聴いていると心が癒されるのを実感する。そうだ、長井充のポピュラー・ピアノ名曲集は、癒しのアルバムだったのである。
 もう1枚ブルグミュラーの「練習曲集」は、レッスンの友として制作されたものだろう。演奏は同じく自然体で、極めて繊細な配慮に満ちたものだが、曲の性格上少し拍節感を強調したスタイルになっている。かつてLPの時代には、田村宏のコロムビア盤が、権威として君臨していたが、それはどこまでも模範演奏であり、お手本レコードであった。だが長井によるこの新盤は、各曲につけられた標題を大切にした、いわばイメージを喚起する演奏で、むしろ模範演奏とか、お手本レコードの域を越えて、音楽そのものを演奏したくなるCDといえる。
 そしていずれの演奏にも共通しているのは、年齢を感じさせない若々しさである。高齢の演奏家はときとして、リズムの硬直による老化現象を呈するが、長井のピアノには、そうした要素が一切認められず、どこまでも音楽の流れが自然なのは、驚嘆に値する。

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