われわれが行ってきた脳卒中の予防についての疫学的研究のうちで「一過性脳虚血発作発見のための問診についての野外経験」につての覚書を書いておこうと思う。
日本脳卒中学会が発足する前、梅原裕教授が主催されていた「脳卒中研究懇話会」の第4回が昭和47年に仙台市宮城医師会館で開催された時発表し、その抄録は「Geriatric Medicine,11(2),311-316,1973)に掲載されている。
WHO(Techn.Rep.Ser.No.469,1971.)が脳卒中の疫学において病型の鑑別診断に必要な参考になる症状を示し、脳虚血性壊死の場合、しばしば前駆症状として発現する一過性脳虚血発作(transient ischemic attack, TIA)を臨床医学所見として把握する必要性が示されたあとであった。
われわれが脳卒中の死亡者、半身不随者、また住民の血圧測定をもって疫学的研究を行っていた時であり、それらの成果と生活諸条件との関係についての報告をしたあとで、脳卒中の病型の検討、また時代的推移についての検討を行わなければと考えていた時であった。
またこの調査の前に「自覚症状と血圧水準」(弘前医学、23,89-102,1971)の中で「その症状の有無別にみた血圧水準とは必ずしも関係があるとは認められない」と報告した後でもあった。いわゆる「サイレント・キラ−」といわれる理由を実証した後であった。
「TIA」が臨床的の所見として指摘はされたが、「一過性」の名前が示すように、医師の診察を受ける時点では、多くは消失してしまっている症状であると考えられるので、この「一過性」の症状を把握するには、臨床ではなく、疫学的に普段の状態の時に、どうしたらその症状を把握することができるかが問題として考えていた。
1974年の東京で開催されたWHO meeting(Hypertension and Stroke Control in the Community)の中で、「TIAが”emergency”か否か」が討議されたことが思い出される。
丁度Halseyらの脳卒中の疫学に問診表が用いられている文献(Cerebral Vascular Diseases,Sixth Conference, by Toole,J,Gruene and Stratton,New York and London,1968)があったので、これを日本語に翻訳してわれわれの対象農民に行ったらどんな成績がでるかと考えたのである。
表1 TIA発見のための問診票
1) ほんの少しの間続くだけですが、片方の腕や足が、わけもなく弱くなったり、力が抜けたりすることがありましたか
2) 顔のどちらか一方に、そんなことがありましたか
3) 片方の腕や足が、感じなくなったり、しびれたりして、心配になったことがありましたか
4) 体全体の感じがなくなったことがありましたか
5) 体の一方の側全体が、弱くなったり、力がなくなったりしたことがありましたか
6) 手や足が燃えるように感じたり(ひりひりしたり)、それで痛みを感じたことがありましたか
7) ほんの数分か数時間で又元に戻るのですが、一方か両方の眼が、見えなくなったような、眼に心配ごとをもったことがありましたか
8) 一方の眼か両方の眼が、ある物をじっと見ているのに、半分しか見えないというような、半分めくらになったことがありましたか
9) ほんの数分かそこら続くだけですが、眼がぼんやりしたり、見えなくなったことがありましたか
10) 何か物を見つめているときに、空気の中にふわふわ浮き回っているように思えたことが時々ありましたか
11) ほんとうは一つなんだけれど、2つに物が見えたことがありましたか
12) 過去10年間に、気が遠くなったり、倒れてしまったようなことがありましたか
13) 急に足が弱くなり、倒れてしまったことがありましたか
14) ほんのちょっとの間、あたりが真っ暗になってしまったことがありましたか
15) ものを云おうと思った時、頭の中にはっきりしているほど、ちょうど良い言葉が見つからないで困ったことがありましたか
16) 口につい出たことが、言おうと思ったことではなかったことがありましたか
17) 数分か数時間続くだけですが、混乱したり、困惑したりすることが時々ありましたか
18) 口の中が物でいっぱいになったような、しゃべることが不明瞭になったことが時々ありましたか
19) 息が詰まったような、物を飲み難くなったことがありましたか
20) 食べたり飲んだりした物を、むせ返したことがありましたか
以上が日本語に翻訳した問診票であるが、難解であり、東北農民に説明する場合も、その意味を十分理解した保健婦の地方語による聞き直しも必要であった。
Hasleyらの論文には、TIAの場合、これら20問のうち3つ以上の者を選び、さらに精密検査している。われわれの野外経験では精密検診はなされなかったが、対象の東北農民の50歳から79歳までの年齢層において約20-30%の者が有症3以上であった。しかしこれらのTIAと関連があると考えられる各症状の有症者の血圧水準が、その性・年齢層の血圧水準と比較して、症状のある者が一様に高い血圧をもっているとか、低い血圧もっているかが認められなかったと報告した。
これらは「自覚症状」であって、その的確な把握と医療へのすみやかな連携は今後ますます必要と思われる、と考察している。
大阪の小町嘉男先生らが秋田で調査を始めたとき、まだ脳出血の発作が多かった時だったか、「おおあたり」と秋田の脳卒中の特徴を述べたこともあった。
毎日ライフに1984年には「脳卒中予防と対策:最近の傾向と地域の特徴」の中で「死亡者は減ったが、有病者は不変、そして脳梗塞は増加」と述べ、1986年には「脳出血と脳梗塞」の中で、「なぜ脳出血がへり脳梗塞が増えたか」を書いた事を思い出す。
あれから20年、日本の脳卒中の病態も変貌したことが考えられ、自分もいつ脳梗塞の発作におそわれるかも知れない年齢になった。
歌人として名をなした斉藤茂吉先生の一句「日に幾度にても眼鏡を置き忘れ それを軽蔑することもなし」を読んだ時、特に下の句が気に入った記憶があるが、最近息子の茂太さんが「長寿と健康」(文芸春秋)の「自然に任せる」の中で「私もこの下の句が好きで」と書いていた。
「一過性脳虚血発作についての疫学的研究」はその後あまりなされていないように読みとられるが、予防の方策はみつかったのであろうか。(20011222)