疫学的にみた高血圧と脳血管障害

(第21回日本医学会総会報告・昭和58年)

 

1.はじめに

昭和38年、第16回日本医学会総会のシンポジウム「高血圧症」において、測定した血圧値の評価について新しい観点から意見をのべた1)

すなわち、人および人々の血圧値をどのように考えるかの「血圧論」に関する意見であった。血圧値を評価するときには、まず個人の属する人口集団について集団評価を行い、ついで個人評価を行わなければならないとのべた。

その後今日まで、主として東北地方住民を対象に、疫学的に、長期にわたって縦断的に血圧を測定観察したので、その結果のうち、高血圧と脳血管障害との関係を中心に報告する。

2.調査の対象と方法

調査対象1は、青森県弘前市狼森地区住民で、昭和30年現在人口713名のりんご栽培を主とする農民で、昭和29年8月から50年9月まで、夏冬年2回、合計38回の集団的血圧測定が行われた、21.0年の調査期間中に転入、転出した者を除き、昭和32年現在で10歳以上の在村者男200名中195名(97.5%)、女208名中207名(99.5%)の血圧の資料が得られた。

調査対象2は、青森県尾上町金屋地区住民で、昭和37年現在人口1,401名のりんご栽培を主とする農民で、昭和33年2月から37年9月まで夏冬年2回、39年2月および40年9月から50年8月まで夏年1回、合計22回、30歳以上の住民を対象に、集団的血圧測定が行われた、17.5年の調査期間中に転入、転出した者を除き、昭和32年現在で30歳以上の男215名中196名(91.2%)、女221名中207名(93.7%)の血圧の資料が得られた。

調査対象3は、秋田県西目村(現西目町)住民で、昭和32年現在人口5,284名の水田単作を主とする農民で、、昭和32年12月から37年12月まで夏冬年2回、38年12月から48年12月まで冬年1回、49年8月, 50年8月、合計23回の集団的血圧測定が行われた、17.7年の観察期間中転入、転出した者を除き、昭和32年現在30歳以上男1,004名中880名(87.6%)、女1,208名中1,113名(92.1%)の血圧の資料が得られた。

集団的血圧測定方法として、一定の方法(弘前医学, 11, 704, 1960)により一人について数回測定し、最高血圧値が最低値を示したときの最高・最低値を記録値とした。

個人の血圧値として、全期間中の血圧測定値の平均値をもって個人の血圧水準とし、測定時の年令と血圧値から最小自乗法によって傾向線を求め、はじめて血圧測定した時と、最後に血圧測定した時の、年令と血圧値を求め、又1年当たりの血圧値の上昇・下降(mmHg)を求めた。

調査期間中に死亡した者の死因については、地区内在住の保健婦から個々の症例について死に至るまでの状況を聴取したが、集計にあたっては、死亡診断書記載の死因の原死因によって分類した。脳血管障害は旧分類B22で、331の脳出血、332の脳梗塞、その他とわけ、心疾患は420-422と心不全、その他の心不全を含み、悪性新生物およびそれ以外の疾患による死亡に分類した。

3.結果

(1)個人の血圧値には、それぞれ血圧水準と推移があることが認められた。

図1はその1は41歳から62歳にかけての血圧の推移を示すが、血圧水準として最高血圧115mmHg、最低血圧61mmHgで、1年間に最高血圧については0.72mmHg下降し、最低血圧については0.10mmHg上昇の傾向のあることを示す。その2はそれぞれ149mmHg、75mmHgの血圧水準であり、1年間にそれぞれ2.70mmHg,0.56mmHg上昇する傾向のあることが認められた2)。

(2)個人の血圧水準別にみると、最高血圧においては個人の高い者ほど、加齢と共に分布の巾が広くなり、血圧が上昇している傾向が認められた。

(3)測定開始時の年令階級別に加齢にともなう個人の血圧の推移をみると、全体として、測定開始時の血圧と終了時の血圧は有意に相関していた。

(4)青森県と秋田県内3地域の人口集団について、昭和32年現在で、40歳から69歳の者、地区住民の94%にあたる男760名、女899名の資料について、各個人の血圧水準を、最高血圧、最低血圧別10mmHg区間ごとに、観察年を集計し、観察1,000人年当たりの死亡率を計算したところ、図2,3に示すように、血圧水準が最高血圧120mmHg, 最低血圧70mmHg付近が死亡率が最も低く、それより血圧が高くなるにしたがい一定の増加率で死亡率が高くなることが認められた。

 

死因のうち、脳死、その他の死、心死の順で死亡率は高く同様の傾向が認められたが、癌死ではその関連は明らかでなかった。

 

脳血管障害の病型別にみると図4,5のように、脳出血、脳梗塞、その他の順に同じ血圧水準でも死亡率は高く、血圧水準上昇と共に死亡率が一定の増加率で増加する傾向があることが認められた。

(5)青森県と秋田県内の3地域人口集団について、長期にわたる血圧の推移の実態が明らかにされ、又調査期間中の個人の血圧測定値をもとに計算された住民の血圧の推移を比較検討した結果、地域ごとにその血圧水準の推移に相違があることが認められ、それらが食生活中の食塩摂取量と相関があるみそ汁の摂取状況およびりんご摂取状況と関連があることが推測された4)。

4.考察とまとめ

人および人々の血圧値は、各種人口集団における共通な問題点をもちながら個人としての血圧水準はかなり若い時からあることが推測され、個人ごとに各種の要因が重なりあって推移していることが明らかになった。

その血圧水準の高い者ほど脳血管障害の死亡が一定の増加率をもって増加してゆくことが明らかにされた。

先にのべた人および人々の血圧をどう考えるかの「血圧論」が、縦断的疫学調査によって一部うらずけられたと考える。

<参考文献>

1)佐々木直亮:第16回日本医学会総会学術講演集(IV), 日本医書出版協会、東京、1963, p410 

2)佐々木直亮:日衛誌, 36: 275, 1981

3)佐々木直亮:弘前医学, 31: 788, 1979

4)佐々木直亮:弘前医学,34: 650, 1982

以上が昭和58年大阪で開催された第21回日本医学会総会での報告の要旨である。会誌「実践の医学」の2567−2569頁に記録されている。柱II S-55の「本態性高血圧−その成因と脳血管障害との関連」(司会増山善明・尾形悦郎)で私の次ぎに「レニン・アンギオテンシン系と本体性高血圧症」(出石宗仁)「降圧物質と本態性高血圧症」(福地總逸)「本態性高血圧症と血管障害」(増山善明)「食塩と本態性高血圧症」(伊地知浜夫)「本体性高血圧症と血管障害」(須永俊明き)「本態性高血圧症と脳卒中」(赤赤彰郎)「脳梗塞と血圧管理」(栗山良紘)「脳血管障害を伴う本態性高血圧症の治療」(村上暎二)で」あった。

私としては昭和38年第16回医学会総会での報告についでの20年目の報告であった。

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