リンゴ摂取は高血圧予防になるか?

 

 「リンゴ摂取は高血圧予防になるか?」というテ−マで原稿依頼があった理由を考えてみると、最近「りんごと健康」という著者の本が出版1)され、また「生活条件と血圧、とくに食塩過剰摂取地域におけるりんご摂取の血圧調節の意義について」という題の論文2)が出たことによると思われる。

 その疫学的知見と因果関係の推定根拠をポイントにおいてという注文であるが、「リンゴ:高血圧予防によい」と報道されたのは昭和33年のことであり、その理由をNa/K比という見方で報告したのは昭和31年3)でり、東北地方住民の脳卒中ないし高血圧の予防について現在いわれている「疫学的」研究を開始したのは、昭和29年であるから、その推理・根拠を述べるとしたら、その当時の研究にまでさかのぼらなくてはならない。

 はじめは「記述疫学」といわれている人口動態統計による死亡率の分析であり、若く働き盛りから死亡するという「質的」な特徴を日本のまた東北地方住民の公衆衛生学的問題点であると考えた。さらに罹患状態への接近、一般住民の血圧測定を開始し、人および人々の血圧をどの様に理解するかの「血圧論」によって研究が展開4)された。

 「多要因疾病発生論」による生活諸条件との関連を検討するという見方によって、「横断的疫学」による結果の分析的検討、そして地域差の理由の解明から、食塩過剰摂取の問題があり、とくにりんご生産地帯においては住民はりんごを日常摂取しているという特徴があることから、りんご摂取は脳卒中ないし高血圧予防の効果があるのではないかと考えをめぐらすことになった。

 また短期間の検討ではあったが「介入研究」のはしりともいわれる「りんごを食べて血圧が下がることを観察した実験的研究」5)も行った。

 そして今回「小さい時から食塩を過剰に摂取していると実測・観察されている地域住民」のそれもほぼ全員について昭和29年から50年の約20年にも亙って長期間に観察・集計された血圧値についての「縦断的研究」の成果を報告2)した。

 血圧の状況を目的変数にし、血圧観察当初の生活諸条件を説明変数として、「多変量分析の一つとしての段階式回帰分析のうちの変数減増法」で検討したものである。

 すなわち年をとればとるほど、また毎日酒を飲むような人は血圧が上昇し、りんごを毎日食べている人は血圧は上がらなかったと計算されたという結果を得た。

 

 表 りんごを毎日食べている者の血圧は低い

 

           りんご摂取者 40-49歳

 性           男    男

 例数          50     327

 年齢の平均       49     51

 最高血圧(M±SD)  135±19  143±22

 最低血圧(M±SD)   77±12   84±11

 年齢の推移      43→58   45→59

 最高血圧の推移    138→130  141→146

 最高血圧(SD)の推移 19→22   22→26 

 最低血圧の推移    77→76   81→87

 最低血圧(SD)の推移 13→12   12→14

 

 表は結果の一部であるが、昭和33年と38年ともりんごを毎日3個以上食べているとアンケ−トに答えたりんご摂取習慣があると考えられる者の血圧は対象者全体(昭和32年40歳台の者のみ値を示す)の血圧と比較して、血圧水準(個人ごとの全測定値の平均)は低く、分布の巾(標準偏差)はせまく、観察当初から終了時までの血圧上昇はみられず、分布の巾も比較的せまく推移していることが認められた。

 

 われわれは高血圧の成因として食塩過剰摂取の意義を日本人とくに東北地方住民における疫学的研究を通じて述べてきたが、高血圧の成因における「ナトリウム」と「カリウム」との関連については、りんごの栄養素の一つである「カリウム」との関連が検討される中で、そのきっかけを与えたことになったと思われる。

 しかし「りんご」という食品に含まれている栄養素は多く、その作用が総て解明されたわけではない1)。

 りんごの健康食品としての意義の一つをわれわれが日本の東北地方住民について行った高血圧の疫学的研究の中で明らかにしてきたと考えるものである。

 文献

1)佐々木直亮:りんごと健康.第一出版,1990.(書籍)

2)佐々木直亮:日本衛生学雑誌.45:954,1990.(雑誌)

3)佐々木直亮:医学と生物学.39:182,1956.(雑誌)

4)佐々木直亮:日本保険医学会誌.79:59,1981.(雑誌)

5)佐々木直亮、他:医学と生物学.51:103,1959.(雑誌)

           (医学のあゆみ,159(2), 117, 1991.10.12. )

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