名誉・名誉・名誉
「余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス」と言い残しても、後世かならずしもその意志は通らなかたようである。
この原稿を投稿しても、何か肩書きを付けないとおさまらないようで、「弘前大学名誉教授」となってしまう。
弘前大学を昭和61年に停年退官したとき、大学から「称号」を授与されたのだが、いわばもう「現役」ではありませんよと言われたようでもある。
医師会のB会員を退会したいと申し出たとき弘前市医師会の「顧問」にとのお話があった。有難いお話であった。顧問でないと新年会や忘年会、またゴルフのお誘いもないので、いつも心苦しく今日に至っているのだが、先日の三師会での講演「津軽に学ぶ」でお礼の一つをさせて戴いた。
またご親切に「名誉院長」になりませんかと言われたこともあったが、「私はその役ではありません」と申しあげた。
学会でも「名誉会員」という規約をつくっているところが多い。
一番印象的であったのは「日本高血圧学会」であった。「日本高血圧学会」は「第1回物語」に書いたように、昭和53年に第1回が開催された比較的若い学会だが、主として私のいう「グリ−ブランド学派」の若い先生方があつまって始まったと理解しているのだが、いろいろと新企画のもとに運営された。
学会発表採用数に制限をつけた。私のように「予防・疫学」を主題にした演題には「票」があつまらなくて、採用はされたが「誌上発表」にまわされた。
役員60歳定年説を実行されたので、次次と定年を迎えることになった。がそのあとの取り扱いが問題になったようだ。学会長をやられた方は名誉会員になったが、私のような者には「特別会員」の枠をつくられた。研究成果が認められたのかと嬉しいことであったし、学会費を納めなくても、学会事務を委託した「学会事務センタ−」から今もって学会誌などいろいろと連絡して下さることは有難いことだ。
「日本疫学会」も面白かった。
私が文部省在外研究で「客員教授」としていった先のミネソタ大学は循環器疾患に関するもう一方の「メッカ」でもあった。「ミネソタ学派」とも言うべき人たちが世界から集まっていたので、国際的にも多くの知人ができた。おまけに「日本人の高血圧状況・食塩摂取状況、またりんごの研究、高血圧の成因に関するナトリウム・カリウム説」は国際的に「一石」を投じたことになった。
国際的にみると「予防・疫学」には循環器疾患だけでなく、癌もあり、歴史的にみて感染症その他もろもろの問題がある。「エピデミオロジイ」は基本的には「人間」の健康問題であり、「疫学的接近」による学問と考えているが、「アメリカ学派」だけではなく老舗の「ヨ−ロッパ学派」もある。
日本も遅ればせながら「疫学会」を創ろうということになって何回かの準備会が開かれた。はじめの人たちはすぐ定年になったのであと次の世代の人たちが中心に動いた。「ミネソタグル−プ」が主催してきた国際的な「疫学10 day セミナ−」に参加された人も我が国でも多くなって、国際学会や国際共同研究もやれるようになった。雑誌も出さなくてならない。学会が出来たわ「金」は無いわであった。
「日本疫学会」(JEA)が誕生したとき、始めから関係していた私も含めて何人かは「名誉会員」に推薦された。そして「学会運営上若干のご寄付を願いたい」と書面がきた。
その学会も来年は第8回を迎えるまでになった。国際学会も開催し、英文誌も出せるまでになった。弘前大学医学部図書館にはない雑誌なので、私宛の送られてくる雑誌は寄贈することにしている。
「衛生学の教授」として長らく勤め、学会も主催させていただいたので「日本衛生学会名誉会員」は有難かった。
その他日本民族衛生学会、日本公衆衛生学会、日本産業衛生学会、と臨床方面では日本脳卒中学会、日本循環器管理研究協議会から「名誉会員」の称号を戴いた。
「地方の大学」の教授として「忘れられては皆がこまる」と思ったので、せっせと国鉄・航空会社に有り金をはたいて、学会や役員会に出席したが、定年になったとき「名誉会員」に推薦された。その結果会費はただ、それでいて学会誌は送られてくるのは有難いことではある。
「学会」を開催します。「会長招宴」にご出席下さい。旅費までは手がとどきませんが、「ホテル」はとります、などなど。主催者は苦労されることだろう。かつて学会を主催して苦労したことを思い出す。そんな苦労をかけたくないと、つい出席が遠のくのだが、「元気でいますと姿をみせることも良いことなのかな」と思ったり、最近の学問の進歩を勉強していかなくてはという気持もある。欧米では名誉教授の方も生きて居る限りよく学会に出ているようだ。自分のやってきた学問に愛着があるのか、自分の考えをしゃべりたいのか。
今度通知があった国際組織(Council on Epidemiology and Prevention, ISFC)からは「通信と学会活動のために」「Emeritus」の「your annual dues」を払いこむようにとの手紙がきた。
「名誉教授」は欧米では「Prof.emeritus」といわれる。「emeritus」とは「honourably discharged from the performance of public duty,esp.noting a retired professor」とあった。「尊敬」と「隠退」とあい混じった言葉だが、どちらをとるかは「世間」がきめることだろう。
世は様々である。医学部に「名誉教授応接室」をつくりました。どうぞご利用下さいと連絡があり有難いことではあったが、駐車場へのパスカ−ドはバッチリ有料となった。
これで「名誉教授」も一人前と認められたと考えるべきか。(9-10-4)
(弘前医師会報,256,61-62,平成9.12.15.)