ウヰスキイから失楽園

 

 ウイスキ−をウヰスキイと書いていた時があった。今はどの広告をみてもウイスキ−である。「クラ−クさん」の名前も「ウヰリアム」であった。「ヰ」というカナは今日では殆ど用いられなくなった。

 森鴎外の「ヰタ・セクスアリス」という文章がある。

 この「ヰタ」というのがラテン語の「vita」ではないかと最近考えてみた。例のヒポクラテスの「vita brevis ars longa ・・・」の「vita」ではないかと。「人生は短く・・・」のヒポクラテスの箴言がロ−マに引き継がれたとき、「vita」とか「ars」のラテン語になった。そして英語では「The life is short・・・」となった。

 戦後ライオンで「バイタリス」という整髪剤がばかうけにあたったと関係者から話を聞いたことがあったが、この「バイタ」も「vita」と関係があるかもしれない。

 ビタミンははじめは「Vitamine」であった。

 チャ−チルが戦に勝ったときに示した「Vサイン」は「victory」の「V」であろう。日本でも流行し、今も写真をとるとき子供も誰もが「Vサイン」のポ−ズをとる。

 森鴎外は性の描写を書くのに、当時日本に入ってきた欧米の言葉を用いたのではなかったか。それも「vita」を,「ヰタ」に。ドイツ語の「アルバイト」も世界に通用する「業」「学者の業績」という意味で用いている。今は学者が「アルバイト」をしていると全く別の意味にとられているが。

 

 12月3日の読売新聞「編集手帖」に流行語のことが出ていた。

 「昭和23年報国に匹適する今日の代表語は「民主化」であると、巻頭に記した自由国民社の「現代用語の基礎知識」が創刊されている」と。

 そして現在まで残った流行語として、次の言葉があげられていた。

 「戦後」「無責任」「エッチ」「コネ」「高度成長」「新人類」「ノ−コメント」「インスタント」「バブル」「核家族」のあとに続くものとして「エコノミックアニマル」「偏差値」「リストラ」など。

 そしてどの新聞にも今年'97の流行語が紹介されていた。

 「失楽園」「たまごっち」「パパラッチ」「もののけ」「透明な存在」「日本版ビックバン」「郵政3事業」であると。

 「失楽園」という言葉が第1位にあげられていたが、テレビの影響か、時代の反映か分からないが、渡辺惇一のつくった言葉ではないかと思った。で−−ちょっと調べてみたいと思った。

 英文学の専門の方なら「常識」ですといわれるかもしれないが、「イギリス文学史の中で最も偉大な作品の一つとされる、ジョン・ミルトン(1608-74)の叙事詩『失楽園』(1667)は、まさに、しかるべき作者によってしかるべき時に書かれた作品といわなければならない」(平井正穂:岩波文庫)とあった。そして原題は「PARADISE LOST]であり、以前「楽園喪失」という訳もあったことが述べられていた。 

 これで一応けりがついたのであるが、今度調べてみて私にとってもっともっと「収穫」であったのは、私が「りんごと健康」に「禁断の木の実がなぜかアダムの林檎になったという物語になっている」と紹介し、書いたのだが、どうやらミルトンの「失楽園」の叙事詩に書かれていたことが、現代まで伝えられてきたのではないかと推測されるということであった。(9-12-8)

        (弘前市医師会報,257,65,平成10年2月15日)

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