前に述べた、りんごを食べることは高血圧の予防になるのではないかと考えるようになったきっかけは、疫学的にいうと横断的研究の成果であり、また、りんごを食べて血圧を下げたというのは、短期間の実験的観察であった。
血圧は人が生まれて死亡するまでもち続ける値であり、食生活も一生の間にいろいろ変わる。
人の血圧についての資料は、始めは患者の測定値であり、われわれが研究を始めたあたりから一般人の値が明らかになった。
人が生まれて死亡するまでその血圧がどんな経過をたどるかということも、人について測定されるようになってからまだ日が経っていないので、実際には測ってみなければわからない。また個人の血圧をどのように評価し、表現するかとなると、いまだに国際的にきまっているわけではない。WHOの高血圧の定義は、個人についてではない。また血圧をそれほど長期にわたって、しかも患者ではなく、一般人について継続観察したこともないし、平均値といった評価だけでなく、個人について集計した報告はまだなされていない。
幸いにして、われわれが血圧測定を始めた東北地方では3地域人口集団について約20年にわたって観察できた。従って、そのうち全体の血圧1)と個人の血圧2)の推移について報告できた。そしてどんな血圧の人がどのように死亡するか、特に脳卒中との関連について、その血圧と死亡の確率はどんなものかを計算して報告できた3)。
その結果分かったことは、最高血圧についていえば、血圧の全期間の平均値(その人の血圧水準とした)が120-129mmHgにあることが最も死亡率が低く、それより高くなればなるほど同じ確率で死亡率が増すことであった。最低血圧では70-79mmHgが一番死亡率が低かった。また脳血管疾患による死亡は生前の血圧水準と関連していることが明らかになった。
この成績はわれわれ独自の計算の結果であり、日本の東北地方の例であるが、他の報告と比べてみても矛盾するものでない成績と考えられた。
観察期間の生活はどのように変わったであろうか。また、その変化と血圧の推移との関連はどうであろうか。
食塩摂取だけについて検討した成績については、すでに報告した4)。東北地方の農民の食塩摂取は食生活の改善によって昭和36年17.0gであったのが昭和56年11.9gに減少し、この間、もし以前のような食塩摂取であったら血圧は上昇したであろうが、同じ人を測定して20年経過しているにもかかわらず血圧は上昇していなかった。
しかし生活はいろいろある。特にりんご摂取との関連はどのようなものあろうか。この点がわれわれの最大の関心事であった。
この点の検討の結果が計算・集計されたので、1989年6月、ワシントンで開催された第2回国際予防心臓病学会に報告し、論文を投稿した5)。
「日常食生活において多量の食塩摂取があると考えられる日本の東北地方の3地域において、1954,57,58年から1975年に至る間、年1-2回測定観察された住民の血圧と1958年に行われたアンケ−ト調査によるみそ汁、ご飯、りんご、魚、ミルクの摂取状況、飲酒、タバコ喫煙の生活諸条件との関連について検討した結果を報告した。
1957年の年齢別に30歳から60歳代の住民の住民台帳による対象人口の98.7%の男1.127名、女1,369名、計2,496名の血圧測定回数平均12.9回の血圧測定値が得られたが、観察期間中の血圧平均値、また最小二乗法によって年齢に対する血圧の推移を求めて検討の資料とした。
また測定回数5回以上の男633名、女914名の資料について、段階式回帰分析によって、最高・最低血圧の水準と推移について検討したが、年齢と飲酒については正の、りんご摂取については負の相関関係があることが認められた」というのが報告のまとめである。
詳細は論文を見て頂きたいが、結果を解説すると以下のようである。
すなわち、個人の血圧についての検討項目は、最高・最低血圧別に、調査開始時・終了時、水準を示す全期間中の平均値、血圧の上昇・下降の推移、また開始時・終了時間の血圧の差であった。
生活内容については、調査開始時に行われたアンケ−トの項目を調べた。これらの項目別でも、生活条件を一緒にして統計的に検討した。検討の方法は多変量分析の1つの段階式回帰分析のうちの変数減増法といって、血圧の項目を目的変数とし、生活条件の項目を説明変数として、順次に相関関係の少ないものを除いて、有意のものは何が残ってくるかをみる分析の仕方である。年齢と飲酒が正の相関というのは、年をとればとるほで血圧が上がるということ、酒を毎日飲むような人の血圧は上昇するということで、りんごを毎日食べる人は負の相関というのは、血圧が上がらないと計算されたということである。
習慣ということを調査するのは難しいことである。特に血圧に何か関係がありそうだという情報が入ると、人によって生活が変化する場合がある。例えば、血圧が高いといわれたからりんごを食べるようにするといった、人によってさまざまの日常行動の変貌である。加齢は避けられない現象であるが、食塩はわれわれの調査対象集団では前述のように摂取量が少なくなるという変化をした。酒・タバコなどはこの調査期間変化しなかった。りんごが血圧によさそうだといわれたので、高血圧といわれた方が食べはじめたこともあった。だからあとになって、りんご摂取と血圧との関係をそのときの血圧とで比較すると、高血圧と分かってりんごを食べはじめた人もりんご摂取群に入っているから、計算の結果の解釈は難しくなる。従って、今回はまだ何も分かていない昭和33年(1958年)の調査開始直後の資料との関連についてしたのである。
血圧は多くの要因に左右されていると考えられるが、りんご摂取だけの因子による血圧の度数分布をみると図3のように、りんごを食べない人の血圧は高めに分布しているが、毎日1-2個、3個以上食べていると答えた人のほうが血圧分布の乱れが少なくなり、低めに分布していることが分かった。これは私の血圧論に合っている。
りんご摂取習慣ということで、昭和33年でも、また昭和38年でもりんごを毎日3個以上食べていると回答した人だけ選び出し血圧値をみたところ、全体として、血圧水準が低く、また血圧が低めに推移し、高血圧になっていかないことが判明した。
1)佐々木直亮:弘前医学,34,650,1982.
2)佐々木直亮:弘前医学,36,402,1984.
3)佐々木直亮:弘前医学,31,788,1979.
4)佐々木直亮,他.:弘前医学,35,232,1983.
5)佐々木直亮:日本衛生学雑誌,45,954,1990.