15 りんごのカリウム

 

 りんごを食べることが高血圧の予防になるのではないかと考えられるであるが、その原理はどうであろうか。

 りんごの栄養素の1つとして、100g当たり0.1g含まれているカリウムが高血圧との関連で注目されるようになってきたきっかけは何であったか。

 東北地方で脳卒中が若いときから起こり血圧が高いのは、東北地方の住民が冬は室内暖房が不備で寒すぎることが関係しているのではないかとか、またビタミンCの不足が関係しているのではないかと考えたことは前に書いた。

 われわれが地域の人々の血圧を測定し、食塩摂取の状況を知ろうと思ったとき、食生活の内容を調べることも大切だが、本当に食べた食塩が尿にどれだけ排泄されるかを測定することが決め手であると考えた。

 その当時まで、尿中の食塩排泄量を調べるときは、食塩(NaCl)のうちのクロ−ルを測定し、食塩として換算することが行われていた。例えば、千葉大生理学の福田篤郎が東北農民について初めて1日1人26.3gの食塩が尿中に排泄していると報告したのは、クロ−ルから換算した値であった。

 われわれはその当時、日本の臨床的な検査で使用できるようになった「炎光分析」法を初めて野外調査に利用して、ナトリウム(Na)とカリウム(K)を同時に、また簡単に測定することができた。そして食塩の摂取状況を尿中のNaから求め、また同時にそれまでは測定に手間がかかったKの排泄状況を知ることができた。

 そして一般に脳卒中死亡率が高く血圧も高い秋田県内の一農村と、りんごを生産し脳卒中死亡も中年では少なく血圧も低かった弘前市近郊の一農村との比較をすることができてその結果を速報1)した。

 このとき初めて食塩由来のNaと、りんごの中に多く含まれるKの摂取について考えをめぐらさなければならないことになった。

 なぜなら血圧の高い地域の人々は食塩をたくさん摂取しているようだし、また血圧の低いりんごを食べてカリウムを余計排泄していて、その人の尿中のNa/K比と血圧とはまさに正の相関をしていたのである。

 ここでNa/K比について、ちょっと説明しておかなくてはならない。それはわれわれが尿中のNaとKを測定したとき、炎光分析法によったのだが、その濃度はmg/dlという単位である。1日の尿量を測定すれば1日の大体の食塩(NaCl)摂取量は計算することができる。また人によって1日の排泄量が決まっているクレアチニン(Cr)を同時に測定すれば、それとの比で、すなわちNa/Cr比で一日の食塩排泄量が推測できるのである。

 われわれはNaをmEq(ミリエクイバレント)、KをmEqで計算し、その比すなわちNa/K(mEq/mEq)を用いることにしたのである。

 mEqとは何か。

 食塩(NaCl)のような電解質は水に溶解したときには、Na(+イオン)とCl(−イオン)が同じ重量で反応するのではなく、同じ当量(エクイバレント)で反応する。イオンには原子量があり、原子価がある。Naの原子量は23、原子価は1価、Clは原子量35.5で原子価は1価であって、食塩は23gのNa(+イオン)と35.5gのCl(−イオン)が結合して58.5gの食塩(NaCl)が出来るのである。g当量で表すには体内では量が少なくすぎるので1,000分の1の単位、すなわちmg当量(mEq)で表すのが一般的で、最も適した量がミリエクイバレント/リッタ−(mEq/l)である、すなわち、この値は1リッタ−中の溶質のmg数を原子量で割って、これに原子価を掛けたものである。K(カリウム)の場合は原子量は39.09、原子価は1価であるので、そのように計算してNa/K比をだしたもので、測定された濃度同士の比、すなわちmg/mgではなく、mEq/mEqの比である。

 このように計算された尿中のNa/K比が東北地方の農民では平均6で、ときに10を超すことが問題だと考えたのである。なぜなら、人の乳ではその比は1以下であったからである。

 その当時まで日本のどの教科書をみても、食塩は10g以上は必要だし、カリウムをとると食塩をとらなければならない、と書いてあった。

 日本でなぜそういうようになったかを調べてみて分かったのは、今からざっと100年前の1987年のブンゲ(G.Bunge)の研究成果と推論をそのまま直輸入したらしいということである。そしていろいろ文献的に考察し、自分の研究から考えられる日本における食塩摂取についての常識と問題点を指摘した2)。

 すなわち、われわれの見解によれば、食塩の大量摂取は、人の作り上げた食文化がそうさせたのであって、カリウムをとるからではなく、カリウムはむしろナトリウムの害を少なくするのではないだろうか。

 ちょうどその頃であった。アメリカで慢性食塩中毒について動物実験を行っていたメネリ−3)が、慢性食塩中毒の動物にKClを与えると、食塩の害を打ち消し、動物の延命効果があることを発表4)したのである。これは動物実験ではあったが、りんごのカリウムについてその意義を与える実験を与える実験と考えられた。

 臨床医学上食塩と高血圧との関連が考えられたのは1904年のアンバ−ト(L.Amnard)とブジャ−(E.Beujard)、また1920年のアレン(F.M.Allen)以後といわれ、また1928年にはカナダのアジソン(W.I.T.Addison)によってNaClを与えると血圧が上がり、KClを与えると血圧が下がるという観察がされており、「この大陸に高血圧がよくあることは、カリウムの少ない食事をとり、調味料として、また肉の保存に食塩を用い過ぎることにあるという概念に強いられる」と述べている5)。

 高血圧の研究で食塩に対して抵抗のあるR型、敏感に反応するS型動物の系統を作ったド−ル(L.K.Dahl)6)も、われわれの研究に大変興味をもち、亡くなるちょっと前にやりとげた実験では、餌のNa/K比を1から10に変えてみて、その比が高くなればなるほで、高血圧になることを示した7)。

 尿中のNa/K比は人の生体内変動によって日内変動をしていることも観察されているが、毎日の食事中のそれぞれの元素の含有量に反映していると考えられる8)。

 われわれが初めて日本の東北地方での野外調査で尿中のNa/K比をみたときのは、平均6(mEq/mEq)という数値であった5)。これは国際的な比較9,10)でも、日本全国の中年成人女子11)、3歳児12)、青森県内13)、またそれぞれの地域内14)でも、一般的にいって、血圧に対してNaは正の、Kは負の相関をていることが観察されている。

 りんごを食べて血圧が下がった人について、われわれが行った観察結果はすでに述べた。

 このような研究に興味を覚えた徳島大生化学の黒田嘉一郎らは実験的高血圧に関する生化学的研究で、食塩性高血圧に及ぼす野菜・果物ジュ−ス投与の影響を観察・報告している15)。

 成犬に1日30gの食塩を基本食に混ぜ長期に飼育して高血圧状態になることを確かめたあと、野菜・果物(キャベツ、にんじん、りんご)のジュ−ス300mlを1日2回に分けて与えたところ、にんじん、キャベツ、りんごの順に降圧効果がみられ、尿中にもKの排泄を認めたという。また有機酸カリウム塩の投与についても観察し、NaとKの排泄について考察している。

 東北地方のりんご生産地域で比較的血圧が低いという観察結果をNa摂取とK摂取との関連で理解しようとした、われわれの考え方を引用する人は国外国内にも多く、ちょっと目についたものだけでもいくつかあった16−20)。

文献

1)佐々木直亮:医学と生物学:39,182.1956.

2)佐々木直亮:日本公衆衛生雑誌,9,683,1962.

3)佐々木直亮:公衆衛生,31,228,1967.

4)Meneely,G.R.andO.T.Bell:Amer,J.Med.,25,713,1958.

5)佐々木直亮,菊池亮也:食塩と栄養,第一出版,東京,1980.

6)佐々木直亮:公衆衛生,31,226,1967.

7)Dahl,L.K.et.al.:J.Exper.Med.:136,318,1972.

8)神裕:弘前医学,37,928,1985.

9)佐々木直亮,竹森幸一:日本医事新報,3209,25,1985.

10)Intersalt Cooperative Research Group:Brit.Med.J.,297,319,1988.

11)竹森幸一,他.:民族衛生,54,131,1988.

12)竹森幸一,他.:日本衛生学会雑誌,30,589,1983.

13)竹森幸一,他.:民族衛生,53,140,1987.

14)Takemori K.et.al.:Tohoku.J.Exp.Med.,158,269,1989.

15)野瀬隆一:四国医学雑誌,22,511,1966.

16)吉川春寿:栄養と料理,150,1977.11.

17)上島弘嗣:日本医事新報,3103,141,1983.

18)藤田敏郎:食塩と高血圧,125,ライフサイエス,東京,1984.

19)加美山茂利:壮快,58,1987.12.

20)今井昭一:日本医事新報,3246,142,1986.

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