16 低塩の勧め

 

 この章で述べる低塩の勧めは、直接りんごと健康にかかわる話ではない。

 しかし前の章で述べたように、高血圧の予防を考えるときにまず一番大切なことは、日常の食生活で低塩を心がけることであるという私なりの考え方を理解して頂くために、また、りんごと高血圧との関係を理解する上で、りんごの中の成分の1つとしてのカリウムとの関連を考える上で、特に書いておきたい。

 食塩と高血圧との関連について詳細に述べることは、この本の主旨ではないし、すでにこの点については1980年までの論文について「食塩と栄養」1)に紹介したので、読んで頂きたい。その後もそれを裏付ける証拠が数多く発表されているが、内容の変更を要することはない。

 

 さて、なぜ一般にいわれている「減塩」とはいわずに、「低塩」というかということについて説明しておこう。

 それは「減塩」という用語は、「人に必要な食塩の所要量は分かっていないのに、1日10gは必要と考え、安全のために5gをつけ加える」ことを考え、「毎日日本人は尿に食塩をたくさん出しているので、その分だけは補給していかなくてはいけない」と考え、「食塩は人の食生活上15gは必要欠くべからざるもので、そうでなくては生きていけない」と考えていた時代、また「減塩」をすることは場合によっては危険で、医師の特別の指示がなければならず、低ナトリウム食品を作り表示することは「特殊栄養食品の標示」として許可が必要な時代、「人の食塩の好みは1.2%である」と考えていた時代、「塩は汗からどんどん出るので、汗をかくときは 食塩をとらなければいけない」と考えていた時代、「日本人は植物性の食品を多くとり、カリウムを多くとるから、食塩はそれに見合うだけ十分とらなければいけない」と考えていた時代に作られた用語であるからである。

 ところが、今は考え方が全く変わったと思うので、この時代にふさわしい用語、例えば「低塩」といった言葉を用いるべきだと考えたのである。

 以前、といっても10数年もたっていない以前に考えられ、また場合によっては、まだ教科書に書かれていることとほとんど逆になったといわれる点をあげれば、「人の食塩必要量は1日1g以下と考えられること」「尿の中、また汗の中に出る食塩は、アルデステロンというホルモンで代表される体内に塩類を保持しようと働くホルモンの作用によって、日常摂取されている食塩量が少なくなれば、体外に食塩を排泄しなくなるようになること」「カリウムをとると食塩をとらなくてはならないのではなく、カリウムを十分とることは食塩の過剰摂取によるいわば食塩による慢性中毒の弊害たる高血圧を予防し早期死亡を少なくすること」「食塩についての塩味の好みも時代と共に変化すること」であって、これらは最近の研究によって証明されてきたと考えられる。

 このような日常摂取している食塩についての学問的な研究が、いつごろ、どのようなきっかけでなされたかについて詳細に述べるだけの紙面はないが、日本のような日常食塩を多量に摂取している人々についての多くの研究1)、また塩のない文化(no-salt culture)の中で生活している人についての研究2,3)が発表になってからであると考えられる。

 そして最近の研究成果に基づいて、すでにアメリカでは食事の改善目標として具体的に「食塩は1日5gに減少すること」にしている。日本では現在「食塩は1日10g以下にすること」を目標にしている。

 また昭和40年には科学技術庁から「食塩で食品を保存するという塩蔵方式はやめ、生産から消費まで冷蔵によるいわゆるコ−ルド・チェ−ンによる食品の流通体系に改善すること」が勧告されたし、臨床医学的にも高血圧症患者に対する医療の第一段階では、日常摂取されている食塩について「低塩」を考えるようになったのである。

 しかし日本における食生活の実情からみると、「低塩」にすることは極めて困難であって、ほとんど食べるものがなくなり、その他の栄養素のバランスがくずれるおそれがあるので、栄養改善についての具体的なやり方については注意を要するが、日常の食生活のその他の栄養素のバランスが保たれていれば、摂取食塩が少なくなっても十分健康が保たれるというのが、現在の医学的知識といえる。いくら低塩を心がけ注意していても、今の日本で生活するかぎり、1日5g以下の食塩で生活することは困難であることを自分の身で確かめているが、そのために食塩が不足することはほとんど考えられない。だからこそ、諸外国ではかなりの低塩を示しているのに、日本では実現可能な1日10g以下を目標にしていることを理解しなければならない。

 食塩については、その収支のバランスがとれていることが重要であり、普段食塩をたくさん摂取している人であれば、労働とかスポ−ツで汗をかいたときに食塩は出るし、また病気になって下痢とか嘔吐をすれば、食塩は出てしまうので、食塩をはじめとするミネラルのバランスがくずれた場合には、それなりのミネラルの摂取が必要なことはいうまでもない。

 しかし、普段の食生活において、「食物そのものに自然に含まれている塩類」(the salt in the diet)に頼ることが原則で、「人が人の知恵によって長い歴史の中で食物に付け加えてきた塩類」(the salt added to the diet)−具体的には食物の保存や人の好みに合わせて調味として付け加えている食塩−に頼ることはできるだけ避けるようにすることが、現在ではより賢い知恵ではないかというのが、低塩の勧めの考え方である。

 それでも必要以上に食塩を摂取してしまう現代の食生活において、その害を少しでも防ぐことになるのではないかというのが、次の考え方である。

 つまり、高血圧については日常摂取している食塩が問題だとする考え方と、りんごのようなナトリウムが少なくカリウムに富む果物を日常摂取することが、その害を少なくすることにつながるのではないかというのが私なりの考え方である。

 かって腎臓病患者はカリウム排泄に障害があるので、カリウム摂取には注意しなければならないことが強調されていたが、病的でない場合には日常のカリウム摂取には問題がないと考えられている。

 逆に、カリウムが体によさそうだということになり、またカリウムが添加物として食品衛生法上許可されたといって、従来の調味料の食塩の中にカリウムを加えた製品が出回っているようだが、基本的にナトリウムが問題であることは忘れてはならない。

 これが低塩の勧めの考え方である。

文献

1)佐々木直亮,菊池亮也:食塩と栄養,第一出版,東京,1980.

2)Oliver,W.et.al.:Circulation,52,146,1975.

3)Oliver,W.et.al.:Circulation,63,110,1981.

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