りんごと健康

 23 まとめ

 ギリシャ神話にも登場するりんごの原産地は中央アジアと考えられているが、数千年にわたってヨ−ロッパの人々の食生活の中にあって、人々の健康を支えてきたものと思われる。

 そのヨ−ロッパの人々がアメリカ大陸の文明と触れたとき、梅毒・タバコ, そしてじゃがいもを取り入れた。

 文明化とは梅毒化である(Civilization is syphilization)といわれたように、梅毒はヨ−ロッパから世界のすみずみにまで速やかに広がって多くの人々に健康被害をもたらしたが、健康科学の歴史からみれば、この出来事はフラカストロ(G.Fracastorius)によって伝染病の概念が形づくられるきっかけでもあった。

 また、タバコは、伝染病と呼ばれる病気に悩まされていたヨ−ロッパの人々にとっては始め万病に効く薬と考えられていた。

 産業革命が進み、世界の富が集まったロンドンの人々はまたコレラにも悩まされたが、これもスノ−(J.Snow)の観察によって微生物の発見へとつながる近代疫学の出発点になった。

 イギリスでは世界に先駆けて健康問題が変貌したが、タバコがいち早く一般化したイギリスを先駆けとして、健康問題としての肺癌や心臓病についての研究が進むうちの国際的に喫煙の害が指摘されるようになった。

 文明化は食塩化であるというのは、食塩文化論を唱える立場にある私の考えであるが、その食塩を人々が日常の食生活に取り入れた歴史はもっと古い。

 世界に塩の道が出来て、人々は塩を食生活の中に取り入れてきた。

 かっては塩をとることは、saltと同じ語源をもつsalubious(健康に良い)といわれていたが、最近はsaltはa new villain(新しい悪者)といわれるようになった。それは食塩が、循環器病としての脳卒中や心臓病の基礎にある高血圧、悪性新生物の中の胃癌にかかわる食生活上の危険因子と考えられる科学的な研究が報告されるようになったからである。

 しかし、まだ地球上で塩のない文化(no salt culture)の中に住む人々がいることも最近知られた。

 ヨ−ロッパからアメリカ大陸へ渡った人々は、りんごを携えて移住して新しいアメリカをつくった。そして、りんごはヨ−ロッパでもそうであったように、アメリカの人々の健康を支えてきたと考えられる。

 日本の、特に東北地方の人々は食物を塩で保存する食生活型の中で生き抜いてきたと考えられる。そして日常摂取する食塩は世界的にみても極めて多量で、その害を受け、全く知らない間に高血圧になり、脳卒中で若くして死んでいったことであろう。

 その東北地方にりんごが栽培されるようになって100年、そして、りんごが人々の口に入るようになって健康には良い方向に働いたことが疫学的研究結果によって考えられる。

 自然科学の一部として栄養学も進歩してきたが、それも近々200年である。その中の栄養素と健康との関連となると、まだ分からないことが多い。

 りんごの中に含まれている栄養素だけでも、その名をあげれば数十になる。その1つ1つが日常の食生活で人々の健康を支えてきたように思われる。学者はその栄養素を1つ1つ取り上げ、あれこれとこれまで積み重ねられてきた知識をもとに納得のいく理論を考える。それも、その時々の人々のもつ健康問題に左右されながらである。

 子供が下痢腸炎でたくさん死んでいた時代には、りんごがその治療にいかに役立つかが取り上げられれ、赤痢のような伝染病にまで治療効果があるといわれた。そして現代では離乳食=ベビ−フ−ドとなっている。

 ビタミンが重視される時代になって各種ビタミンが検討される。果物はビタミンの有る無しだけで評価される。その中でビタミンCについては、実際には十分抗壊血病因子を含んでいるのにもかかわらず、その測定法の関係でりんごは不当に評価されてきたようである。ビタミンC−特にりんごのビタミンC−の働きはまだ分からないことが多い。

 ミネラルの中のカリウムについては、高血圧の危険因子としてのナトリウムが注目される中で、抑制因子として再評価されるようになったと思う。それも、りんごの中のカリウムと高血圧との関係を研究した報告が、そのきっかけを与えたようだ。

 その他の微量ミネラルの作用についての研究はこれからである。

 有機酸、アミノ酸、その他の微量成分との関連もこれからである。

 貧困に悩む食料不足に悩む人々がいる一方、飽食の害を受けている人々がいることも事実である。その中で食物繊維を含むりんごがどのような役を担っているのかが現在問われている。

 りんごを生産し販売している人々の食卓にのせるまでにいろいろの問題がある。りんご生産にたずさわる人々の健康問題もあるが、商品としてのりんごを生産するには、病害虫の防除という戦いがある。そのために、今までなされてきたことは農薬による病害虫防止が中心であった。

 しかし、食生活の面からいうと、それは考慮を要する。りんごを食べるときに農薬が一緒に入り人々の健康に影響を与える可能性はないだろうかという問題がある。

 薬学・農薬学は生産に役立つ薬物を求めるだけでなく、人々の健康に影響を与えないよう絶えず考慮しながら研究が展開されてきたと思うが、まだ歴史は短い。

 りんごと健康とのかかわりについて、りんごの加工品・料理については触れることができなかった。それは加工・料理に伴う人々の知恵はいろいろで、健康とのかかわりが科学的に証明されていることは極めて稀で、今それを述べることは困難であると考えたからである。

 食品衛生法の立場からは、今のところ安全であると考えられているものを添加することが法的に許されているが、国により時代により、学問の進歩により、変わっていく。人が自らの知恵で付け加えたものは、その1つ1つが安全で健康にはよい作用をもつものであることを願うだけである。

 りんごの中にある成分については分析が進み、それぞれの科学的な成分1つ1つにつぃて健康とのかかわりについて研究が進んでいる段階である。

 「毎日1個のりんごが医者を遠ざける」という諺が英語圏でいわれているが、歴史的に医者のことをドクタ−と呼び始めた以降の比較的近代のことと思われる。

 りんごが人々の健康に役立っていると考えられる証拠は多いように思われるが、いざとなれば分からないことだらけである。

もとへもどる