病は世につれ 世は病につれ

 

 「歌は世につれ、世は歌につれ」とよく聞く文句だが、人々を悩ましてきた病気も時代とともに変貌している。そして病気に悩んできた人々に「医」は対応してきた。自然科学の展開によって、病気の仕組みや成立ちが次第に理解されるようになった。

 

 いまからざっと百年前知識は具体的になり、今まで多くの人々を死亡させてきた「伝染病」の予防ができるようになった。すなわち病気のもとになる「病原体」が見つかり、それらを「殺菌」し、「消毒」し、病人を「隔離」し、病原体が入る経路を遮断し、その病原体に抵抗力をつけるために「予防接種」をし、「公衆衛生」の展開に努力した先進国の人々は昔のように伝染病による死亡はなくなった。それがヨ−ロッパやアメリカの人達であった。日本も戦後ようやく先進国の仲間入りをした。まだ現代までに得られた科学的知識を利用できないで地球上の多くの人々の命が失われてはいるが。

 

 それで先進国の人々は皆健康になったのであろうか。

 生命表を世界一早く完成させたイギリスで心臓病や肺ガンで死ぬ人がめだってきた。大きなことはよいことだとすべて世界一をめざし誇っていたアメリカの人達にガンや心臓病で死ぬ人がめだってきた。日本でも伝染病が少なくなり脳卒中や胃ガンで死ぬ人がめだってきた。そこで医学もその医療や対策や原因を求め始めたのである。

 

 医学の分野、すなわち内科学・外科学・生理学・病理学といった従来の医学の分野に「疫学」をも加えさせるようになった。「疫学」は「病原体」といった「単一原因」を探し求めるのではない。「多要因疾病発生論」に基ずいて必ずしも「原因因子」とは限らない「リスク・フアクタ−」を「疫学的研究」によって求め、現在実施可能な対策を行おうというのである。勿論「決定的原因」を科学的に求めようとする努力はしなければならないし、多くの学者はその「発見」に興味を持ちつづけるだろうけれど。

 

 世界の医学に関する学会のなかで「心臓病」を目標に第一回の世界心臓学会が開かれたのは一九五0年(昭和五十年)パリであった。それからオリンピックのように四年に一回世界各地で開かれる。内容は心臓病・脳卒中・高血圧等、循環器に関する疾病の生理・内科・外科・予防医学・リハビリテ−ション等すべての領域に亙っている。

 第五回になって「人類をおびやかす循環器系の疾患は、すでにその病気を治すことだけでは本質的には救われない。予防を可能にするために発生要因の探求に取り組まなければならない」と「予防と疫学の会」が発足した。

 一九七0年に第六回の世界心臓学会がロンドンで開催されたとき予防と疫学の会が受け持ったの円卓会議の「高血圧の成因」の中で私は「食塩因子」を述べた。

 日本の高血圧の実状や世界一食塩摂取が多いことを示し、また世界の人々が日常摂取している食塩と高血圧とは疫学的にみて関連しているのではないかと報告したときには、高血圧の成因が未だに不明で色々云われていたときであったから世界の関心を集めた。

 

 一九七二年にWHOは世界保健デ−に「脳卒中・心臓病の予防を」をあげた。そのとき日本心臓財団で予防標語を募集したが、全国から一万三千点集まった。

 

 「わたしが守る わたしの心臓」

 「高血圧 食事で防ぐ 主婦の知恵」

 「心臓病 無理と油断と過労から」

が優秀作品として選ばれた。

 

 「イチ!ニイ! 散歩と腹八分」

 「まず注意 高血圧と ふとりすぎ」

 「検診で 守れ心臓脳卒中」

 「赤信号 飲みすぎ 食べすぎ 太りすぎ」

 「治療より 予防で守ろう 心臓病」

 「大切に 一生働く大事な心臓」

 「あなたの心臓 あなたの命」

 「健康の過信が招く 脳卒中」

 「節度ある生活(くらし)でふせげ 脳卒中」

いずれも入選作であるが、専門家が選んだ「予防の心がけ」と云えよう。

 

 一九七八年の第八回世界心臓学会は東京で開かれ、世界七十一ケ国六千名が参加した。それを記念して募集された標語の優秀作・入選作は

 

 「高血圧 ふせぐ食べ方 暮し方」

 「血圧を 定期に測る よい習慣」

 「血圧は あなたもできる 自己管理」

 「高血圧 自分で防ぐ 意志と知恵」

 「高血圧 あなどる無知が 呼ぶ不幸」

 「高血圧 食事の知恵で 無理なく予防」

 「高血圧 住まいと食事に 一工夫」

 「うす味は 生まれた時から 母の手で」

 「自らの 暮しで防ごう 高血圧」

 「血圧値 書きこむ私の 健康日記」

 

 脳卒中や心臓病のような循環器系の病気の予防にはふだんの血圧が高血圧にならないようにすることが中心になった。予防の方策があり、医師に高血圧を治してもらうというより、普段の暮しかた、とくに食生活に気をつけ、日本では食塩の取りすぎにならないようにとの心がけが必要であると考えられるようになった。

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