はじめて青森県成人病対策協議会ができて委員の委嘱を受けたのが昭和38年12月。
数回の会合があったきりで”開店休業”の状態であった協議会が、昭和58年4月に再び開催されたわけだから、新聞紙が伝えたように、正に”16年ぶり”のことであった。
”成人病”の由来については、その歴史的事実を厚生省に保管されていた書類からよみとって、わが国で”成人病”が公に用いられたのは、昭和32年2月15日第1回の成人病予防対策協議会が開かれて以来のことではないかと、先日日本医事新報(No.3007)に書いたのだが、青森県でも、それなりの意見を出して議論したことが思い出される。
委員の一人であった医師会長も変わり、今度のメンバ−は新しい。
今振り返ってみると、ここ20年の時の流れ、実情の変貌は著しいものがある。
”脳卒中は何故減ったのか?”が現在のテ−マである。一方”癌は何故減らないのか?”も一つのテ−マでもある。
勿論死亡率でみる限りであって、多くの脳卒中の有病者が、以前と違った病型−脳梗塞−で、現存していることは明らかにされているが、以前の資料をみていたら、昭和40年に専門委員として、私なりの意見をまとめて出したものがあった。今読み返してみると、よく書いたものだと思う。そして脳血管疾患については、ほぼその線にそって変化があったと思う。
そして再び今、現在の問題はなにか、を見直さなければなるまい。
当時の記録をのせることに、貴重な紙面をおかりするを許していただきた。
この原稿は青森県成人病対策協議会専門委員会における討論の資料として提出するものである。(昭和40年4月17日)
本文
1.成人病対策を考える場合、その問題の把握には2つの立場がある。
その一つは文字通り成人病対策であり、働き盛りの人たちの生命の損失(死亡)を考え、あるいは生産年齢の損失(死亡・罹患を含む)(注:粗の死亡率としてみる見方ではなく、訂正死亡率というより、中年期死亡率あるいはライフ・ロ−ストとしてみる見方である)あるいは本人の世話をするために失われる健康な人の生産時間の損失を、あるいは本人の疾病状態からくる機能の低下を考える立場であり、もう一つは、わが国あるいは青森県が今後直面しなければならない人口構造の変化すなわち人口の老年化−老人人口の相対的増大−と疾病構造の変化にともない、それら老人層の個人個人がもつ健康問題の集積としての問題の解決を考える立場である。
厚生省として成人病対策をうち出す以上、まず第一に前者の立場をとらなければならないと思うが、必然的に後者の問題にも対処していかなければならないことは自明の理である。
ところで中年以上の人たちのもつ健康問題の集積が今後どのような方向に進むかを考えるとき、いわゆる成人病グル−プの疾病がその大半をしめることは疑う余地はない。それを大別するならば、一つは脳卒中、心臓病で代表される循環器系臓器の老化にともなう疾病であり、他は癌で代表される悪性新生物についての問題である。又大きな部門をしめてくることが考えられる老化にともなう精神障害についての問題があることが考えられる。
2.これらの問題の把握にまず第一に必要なことは衛生統計の整備である。(衛生統計の整備、死亡統計)
イ.そのうち第一は死亡についての統計の整備である。それには中枢神経系の血管損傷、心臓病、老衰あるいは悪性新生物による死亡状況について、市町村別、年齢、性別、月別の資料が整備される必要があり、又それらの資料は今後50年,100年にわたって年代を追って比較検討され得るようになっていなければならない。又死亡統計の場合、死亡診断書に記載される疾病についての診断の確実性についての反省がされなければならない。それなりに、それぞれの疾病についての診断技術の進歩、普及が必要になりまた死亡者については全例が病理解剖をうけられるようにならなければならない。脳卒中については国際的に通用するような新しい臨床診断法が文部省の科学研究班によって示されている。(新しい診断技術についての医師補修教育)(病理解剖への態勢をつくること)
ロ.第2の罹患について考えてみると、脳卒中・心臓病については当然発作の把握が必要となる。われわれの調査によると、脳卒中等の急激な発作(当地方でアタリといっている)の場合には必ず、すみやかに第一線の医師の診察をうけていることがわかったが、このことから第一線の医師(主として開業医)による正しい症状の把握、加療、つづいておこる事後指導は本人の将来にとって重大なかぎになる。その為に第一線の医師による価値は大きい。又救急処置としての脳出血の場合には発作後直ちに入院、出血部位の確認の上、脳手術によって予後が良好になることから、脳外科病院(救急病院とくに脳外科)の必要性もある。しかし今後脳卒中の中の病状としては脳出血より脳軟化(脳梗塞)の方が比較的に増大することが予想されるところから、正しい診断と同時に直ちにリハビリテ−ションへうつるような治療が行われていかなけれならず、これらが第一線の医師による場合もあるが、又同時にかなり専門的な技術が行われるリハビリテ−ションセンタ−の設置が必要となる。青森県においては弘前大学に付属設置された脳卒中研究施設が碇ヶ関温泉を中心に発展するという構想のあるところから、これらの施設を整備することは早急に必要なことと考える。
又現在の段階においては、後遺症をもった半身不随者の把握が必要である。これは実際問題として色々な段階があることが考えらる。医師による調査、又その医師でも内科医、整形外科医、精神神経科医、とそれぞれの分野があり、又保健婦、衛生委員、民生委員等による社会的な問題の把握も必要と考えられる。社会福祉との関係も考慮されなければならない。
現状における問題の把握から患者の社会復帰までの一貫した問題を考えなけれなならない。
その手始めに有病率について資料、さらに発作ごとにケ−スがつかまれば罹患率の計算も可能になる。
癌についての罹病調査は前者とすこしおもむきが異なるのではないかと思われる。それは癌についての正しい診断は一体誰が、いつ、どこでつけることになるかということである。
第一線の医師にそれを要求するのは、すでに大きく出来上がってしまったものはとにかく、早期発見の段階では困難であろう。それには多くの最新式の診断施設を整え、専門の技術者のいるセンタ−が必要になる(癌センタ−、診断、治療部門、その利用方法の検討) 癌にも種類が多く、それぞれの専門領域における対策が考えられねばならぬ。わが国に多い胃癌については、集団検診方式による早期発見についての試みが研究されている。要は正しい診断をつけられるところと一般住民とのむすびつきをどのようにするか、限りあるエネルギ−をどこに投入したらよいかについて検討がなされなければならない。
ハ.すでに出来上がった疾病の早期発見にとどまらず、”氷山現象”の水面下の部分、潜在疾病、疾病以前の状態を問題にすると事態は複雑に又広範になる。しかし成人病の本質からいって遺伝的な要因は否定されないにしても、その人の長年月の生活環境、生活態度によって形成されてきたものであることを考えに入れれば、疾病以前の、いわば健康のはたんの状態を問題にし、それに対する対策を行なわなければ、疾病の発生のあとを絶たないことになる。
脳卒中、心臓病の疾病発生、即発作以前の状態とは何であろう。高血圧状態はたしかに有力なめやすになる。その他心電図、眼底、採尿などの検査も、いずれもすでに出来上ってしまった病状を判定する手段である。すなわちWHOでいう高血圧についての第一段階−機質的異常を認めず単に高血圧を示している状態−に対する対策を考えなければならない。高血圧の場合、実験的に、その成因には遺伝的、環境的要因のあることが考えられるが、環境的要因として東北地方で問題になるのは、すでにわれわれが指摘してきた通り住生活、食生活の問題であり、これらの改善が望まれる(資源局長:科学技術庁長官宛:食生活の体系的改善に資する食料流通体系の近代化に関する勧告)
癌のばあい、前癌状態の把握であるが、まだ学問的に確率されているとはいえない。高血圧、癌の成因研究がさらに進められなければならない。(癌・高血圧も成因研究への投資)以上。