田植どきの保健

−−うまく休み、ご馳走をたべることです−−

 

* 何故”ふけて”見えるのか

 

 青森へきて美人が多いのにおどろき、その人の年をきいて、二度おどろいたという話があります。

 こちらは美人地帯だから美人がいるのはごくあたりまえでしょうが、年のわりに”ふけて”見えたので驚いたというわけですから、これはこまったことだと思います。

 それは何故でしょうか。

 都会の人が色々な化粧品をつかって、うまく化けているのでしょうか。もっとも化粧品は、うまく化かすことを目的につくられたものですから、それでもよいのですが、やはり農家の方々はどうも早く”ふける”というのが、一般のみるところです。

 山や野の空気はすみ、朝早くおき、晩は早く寝て、腹がへってはご飯をいっぱい食べ、便所にいき、毎日毎日とても健康的な生活をしているようにみえて、どうして早く”ふける”のでしょうか。これは一つ皆さんの問題として考えておいて戴きたいことです。

 病気になった人をどう治すということではなくて、われわれのようにどおうしたら健康に一生を送れるかを専門に研究している者の立場からながめると、一見健康そうにみえる生活の中にも、まだまだ色々な問題が手につかずにそのままになっており、こうしたら、もっと健康に生活できるのだが、と思うことが実に沢山あるのです。

 よく聞くことに、「自分は今まで病気一つしたことはない。医者などにはかかったことはないし、薬などのんだことはない。どうも近頃の若い者は、やれ健康だ、保健とかいって、どうも弱よわしくていかぬ。自分をみろ、そのへんの川の水をのんでも下痢一つしない。立派に仕事をしている」となかなか盛んな意見があります。

 こんな方にあったとき、私はいつもこう聞きかえすことにしています。

 「あなたは実に幸福な方です。でもあなたと同じ頃生まれた人や、小学校の同級の方で、一体何人生きのこっていますか。よく働いている人が何人いますか。一つ考えてみて下さい。同級生の3分の2は、死んでいるか、もうよぼよぼになっているのと違いますか」と。

 生き残って、立派に仕事をしている人はとにかくとして、こんなことでよいのでしょうか。今は立派な丈夫な子供を生み、生まれた以上、充実した生活をして、人生を長くおくることが大切なのだと考えられるようになってきました。

 これから1年で一番いそがしい田植えの時期になります。こんなときにどんなことが問題になるのかを考えてみましょう。

 

* うまく働くことは、うまく休むことだ

 

 このいそがしい毎日に、”休む”ことを言い出したら、しかられるかもしれません。でも人間は”なまみ”です。体をどうしてうまく働かすかを考える必要があります。とくに東北地方では、”一毛作”ですから、いそがしい時は、べらぼうにいそがしく、ひまなときは、てってい的にひまなようです。こんなところが生活上のアンバランスとして問題になるところです。

 農繁期とか農閑期とかいう言葉があり、今の生活様式では、たしかにいそがしい時があるのですから、これにどう向かっていくかが実際の問題になります。しかし本当の健康生活を考える上には、やはり農繁期という言葉がなくなる位に合理化される必要があることは心のすみのどこかに考えておいて戴きたいことです。とくに若い次の時代の人々には。 いそがしさを出来るだけ少なくすること、これにも色々なことが考えられてよいのです。

 皆で力をあわせてできること。−−−それには共同炊事、託児所、共同の風呂などがいわれています。

 自分の家だけでなく、又自分だけで出来ること−−−それには仕事を計画的にやっていくことが大切でしょう。そしてどの辺で”休む”かを、はじめから計画に入れておくことです。その方が結局能率が上がることはよくわかっていることなのです。休んでいることが、なまけて、さぼっているのではないと考えるまでにはなかなか困難があるようです。

 田植えとか除草のような一定の姿勢を1日中保っていることから来る疲労は、いずれは、腰痛とか神経痛の原因になることが考えられています。”そらで”も硬い苗床での苗とりの仕事を、あまり精出してやり続けるためにおこる症状とされています。これはうまく休みを入れてゆくことによって、予防できるものと思われます。

 人によって仕事のなれから、強い人も弱い人もあるでしょう。とくに若いお嫁さんなどは、弱いといって文句がでるかもしれません。でももしかしたら、可愛いお孫さんがお腹の中に入っているかもしれないのです。エベレストのような山に登るときも、一番弱い人が標準になります。しかし強い人からみれば弱い人は、”きたえ”が足りないと文句がでるところでしょう。それも一理あるのですが、一家のリ−ダ−になる人はやはり家族全体の健康、そして生産をあげるために、うまく働くことはうまく”休む”ことである真理を、考えておくべきではないでしょうか。

 

* 働くときに、ご馳走をたべて

 

 一年で一番いそがしい農繁期にこそ、一番の”ごちそう”を食べてもらいたい時期です。われわれの体は毎日毎日、その日の食事によって、力が出て仕事ができ、古いものは新しいものにかわっているのです。だから近頃の栄養学という学問の教えるところのよれば、毎日毎日の食事が、栄養学的にいって”完全な”食事であることが良いといわれているのです。そして仕事を沢山する農繁期には、量の方からいっても、質の方から言っても、普段よりは必要量が増すのです。

 仕事をすれば”つかれ”ます。これはあたりまえのことです。でも夜ねて朝おきれば”つかれ”は消えていなければならないのです。朝おきてもまだ”つかれ”ている、こういった”つかれ”の大部分の責任が毎日毎日の食事にあることが考えられるのです。いいかえれば、仕事をしすぎたために”つかれ”るのではなくて、食事が悪いために”つかれ”ているということです。腹がへっているころに”ごはん”を一杯食べ満足していて、どうして食事が悪いのだ、ということは理解に苦しむことです。

 でも一つ実験してみようという人はありませんか。

 どうしたらよいのでしょうか。量については、カロリ−という言葉を覚えておられるように、耳にたこのできるほど聞いていることでしょう。皆さんの体重が農繁期にへることがありますが、これは仕事の量に比較してカロリ−が足りない証拠です。

 でもここでは量より質のことを強調したいと思います。ここでいう質とは、蛋白質とビタミン類のことです。栄養三色運動からいえば、赤と緑ということになります。

 岩木山を背に田植えをしている方々、そして昼に車座になってたのしい食事をとっている人たちに「先生一つどうです」とさそわれたことがあります。

 大きな”おにぎり”、野菜をにつめたおかず、塩物の魚、そして津軽特級酒がその日の”ごちそう”でした。

 白米の”おにぎり”。これは食べれば食べるほどビタミンB1やB2が足りなくなり、”つかれ”を増すことがわかっています。麦を入れることも一つの手ですが、ビタミン剤のような保健剤をのむのも農繁期には必要と思われます。又日頃からビタミンを加えた強化食品をとるようにしたいものです。むしろ油物をうまく料理にとり入れて、必要なカロリ−を白米からのみとることをさける方がけんめいということになります。

 新鮮な野菜、果物をもっと摂りたいと思います。前に東北の農家の方がどんなにビタミンCが足りないかを調べたことがありました。そして春先のこれから忙しくなるときは、一番不足状態にあることが考えられます。言葉をかえていえば、今皆さん方は潜在性の栄養失調になっているということになります。農繁期のいそがしさをすこしでもへらすために、近頃食事のおかずに、保存食の研究が盛んになりました。でも私としては、新鮮な食品がとられないこと、塩分が多くなることから、賛成しかねる意見をもっています。庭先に芽を出した野菜を一寸つまんで食卓にのせるだけの気持ちになることが大切です。

 それから津軽特級酒。まだ毛皮をせおっての田植えをしなければならない肌寒い気候、つめたい水の中に入る苗取り、体の中からほんのりと暖まるお酒を必要とするかもしれません。しかし、男の人だけでしょう、お酒をのむのは。女の方はどうなのでしょう。

 お酒が牛乳にかわった話があります。色も似ています。形もにている一升ビンの中身が牛乳にかわったのです。のどがかわいたとき牛乳を飲み、食事の時に牛乳を飲むのです。こんなところに、”つかれ”をいやし、体の必要としている栄養の素が補給されていく”ひけつ”があるようです。何故なら最もよい質のよい蛋白質が入っているし、ビタミンもあるし、それだけで白米の量がへるからなのです。

 

 田植えどきにいそがしくなると、人間はついおこりやすくなります。これはみんな自然なのです。だから皆んないたわりあって、気持ちよく働き充分な食事をとって、ぐっすり寝て戴くことが大切です。仕事のあと、風呂に入りましよう。お酒もよいでしょう。ふとんも一寸のひまをみてほしておきましょう。いそがしさにまぎれて、つい何もしませんでは、そのたたりは、結局体にくるものだということを忘れない下さい。 

(青森県農業改良普及会:青森農業.10巻5号,12−13,107号,昭34.5.)

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