近頃新聞紙上で、有名人が脳卒中や心臓病で亡くなられるのを、よくみかけるようである。事実わが国では、国民死亡の第1位は脳卒中であり、年に13万人位の人の死亡があるのである。それも毎年11.12月と寒くなるのつれて多発しているので、われわれの身近にも、近頃葬式が多くなるのを感ずるのである。
一体脳卒中はなぜ起るのであろうか。これはまだ世界のなぞではあるが、今までの統計的観察によれば、その人の血圧の高いほど、脳卒中の危険率が多くなることがわかっている。従って生命保険会社では、血圧が150ミリ以上あると、加入をおことわりしているのが現状である。血圧にも詳しくいうと、心臓の収縮期にあたる最高血圧と、拡張期にあたる最低血圧とがあって、一般に最高血圧150ミリ以上、最低血圧90ミリ以上が危険とされている。血圧の低い方は、特別な病因がない限り、あまり心配されておらず、むしろ長生きの傾向すらあるという。
そこで問題になるのは、血圧が高い場合のこととなるが、一体何が原因して血圧が高くなるのであろうか。今までになされた研究によると、色々な誘因がいわれていて、何か特別な1つの原因ではなさそうである。もっとも将来研究が進んだ暁には、その本体が究明されて、完全な治療あるいは予防にまで手がおよぶかもしれないが、今までのところ、特効薬的な効果を期待することはできない。
高血圧の治療はその道の専門家にゆずるとして、私の専門である衛生学的な見地から、即ち予防医学的な、どうしたら高血圧にならないですむか、といことを考えてみよう。 このことは、世界でも大きな問題の1つではあるが、いまだ未解決の点が多い。
われわれは脳卒中や高血圧の本場である東北地方を土台に、種々研究中であるが、結論をいうならば、食生活の改善に大きな望みをかけているのである。
実際に脳卒中の死亡率は、秋田県を筆頭に、東北地方の人たちに高く、特にその特長は、若い時からその危険率が高くなっていることである。又住民の血圧も一般に高いようで、脳卒中や高血圧で有名な村は、小学生や中学生の時代からすでに血圧が高いことがわかっている。
東北地方が脳卒中が多いといっても、詳細に調べると、全国平均なみのところもあるし、際だって高いところもあるのである。そこでわれわれは、これら極端に違う部落の比較から、何か人々の生活の仕方に相違があるのではないかと思って、種々研究中である。
例えば、動物実験や、臨床成績から高血圧発生あるいは治療に関係があると考えられる食塩の問題をみても、血圧の高い村は、食塩の摂取量は多く、血圧の低い村は、食塩の摂取量が少ない。食塩の摂取は第1にミソ、次に漬け物、しょうゆ、調味料としての食塩できまるが、東北地方のミソは食塩濃度は高く、農家でつくられる自家製のミソの豆やこうじに対する塩の割合も高いところもあり、又朝昼晩とミソ汁と漬け物でご飯を食べるという単純な食生活には改善の余地がある。
又東北の水田単作地帯では、米づくりのみで、畑作面積は少なく、従って野菜の摂取量も少なくなり、秋田県へお土産をもってゆくなら野菜をもっていけといわれる位野菜は少なく、その品種も乏しいが、同じ秋田県でも、すぐ隣合わせの村でありながら、色々な野菜を飢えてうえている畑作面積の広い村では、畑のない村にくらべて血圧も低い傾向がある。これなども色々な野菜を豊富にとることが高血圧予防に効果があると考えられる。
青森県のリンゴは全国の7割を生産するといわれるが、弘前地方を中心とするリンゴ栽培部落民の血圧は全国平均なみに低いことがわかった。リンゴをつくっている部落では、自然に小さい時からリンゴを食べており、1日2個3個は普通で、中には10数個も毎日食べているのである。
高血圧の治療として、、厚生省から示されている方針の中に、精神療法、安静、便通、睡眠などの一般療法とならんで、減塩食、低カロリ−食を中心とする食餌療法の中に、野菜、果実食がすすめられているが、治療という面でなく、日常の食生活の高血圧発生に対する影響として、以上のべた成績が考えられないであろうか。
昨年3月秋田県農民に、リンゴを毎日沢山たべさせたところ、血圧の低下の傾向をみたというわれわれの実験成績にふれておこう。
1軒の家に1箱づつリンゴを渡して、毎日朝昼晩とできるだけ多くたべさせた。平均すると1日約6個になったが、それで毎日血圧を測定したのである。実際にはじめる前に測定した血圧は、実験群20名、対照群18名の間には差はなかったが、リンゴを食べさせると、血圧のレベルに相異がでてきて、10日間で約10ミリの低下をもいた事が統計的に証明されたのである。
この本体について現在種々検討中ではあるが、野菜や、リンゴ等の果物のない地方の農民の血圧に、−−−リンゴを毎日続けて食べることが、何か影響するものであるという結果に深く興味をおぼえているのである。
脳卒中のもとになる高血圧症が予防できれば、癌の治療や、予防とともに、われわれが長生きすることは疑いのないことであり、リンゴは長寿のもとという格言が文字通り事実となる日を1日も早く望みたい。しかしそれには今までほとんど忘れられていたリンゴの栄養学的検討をかさねてゆくことが先決問題であろう。(33.1.8.)