ひさぶりに夏目漱石の草枕の初めの言葉が話題になった。
「山路を登りながら、こう考えた。智に働けば角が立つ。情に桿させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい」
お互いに大正生まれのせいか。
三田評論のことが出て、次の話題になった.
「弘前評論をつくりませんか。いくらあったら出せるでしょう」
さすがお金は全部つかってしまうのだと言っていた人の口からでる言葉だった。
「いや− 主義主張もあるけれど、それは角がたつ。衛生の旅はこんなことを考えた人がいたというだけの記録です」
そのあと夏目漱石の言葉が交わされたのだ。
だいぶ前、一度この言葉を講演の枕に使ったことを思いだした。
東奧日報社の階段を上りながらこの講堂につくまで今日はなにをお話ししようかと考えながらきました。皆さんの健康で解ったことをお話しますと、その時まくらの言葉につかったのだ。
「夏目漱石はイギリスはロンドン。森鴎外はドイツ。考え方、作風は影響を受けていますね」
このお二人に比らぶべきはないが、同様にいえば、私はアメリカのミネソタだ。
アメリカはどうゆう国なのか。アメリカ的合理主義とは。
「いろんな人がいて、自由にものをいって、それでいてつぎからつぎへ人がかわって。大統領も任期があって。うまく人が代謝して.これがよいのではないでしょうか」
「この前韓国へいったとき、あまり天皇のことについて意見をききませんでしたね。おとなになったのでしょうか」話の相手の先生とご一緒に韓国へ講演にいった時の話である。
「階段をゆっくりおりておられる」
これが昨日の新聞にのっていた見出しであった。
こんなことが頭をめぐっていたら家についた。
今日の午後女子大生達がやってくる。 (63・12・20)