命をあずけて運転しています」(オタク老人のひとりごと21)

 

 今日は5月5日むかし端午の節句いま子供の日。

 修一家が2日に車で弘前にきて、今朝無事に藤沢に着いたとメ−ルが入った。

 子供や孫の顔をみることは老人にとって嬉しいことには違いないけれど、長距離の運転とその間の「危険」を考えると、無事予定通り着いたというメ−ルでほっとした。

 先日の福知山事故1周年の慰霊式で、遺族の方がのべた弔辞の中で「命を運んでいることを忘れないで!」とかいっていた言葉が忘れられない。

 たしかに航空機でも汽車でも運転手に「命」をあずけているのである。

 技術革進によって大部分「自動」に、「コンピュタ−制御」にゆだれられている面は多いとは思うが、いつか羽田でおこったように「操縦士の精神状態」に左右されることもあった記憶がある。

 いつだったか大分前、大鰐のスキ−場へ私と家内と二男の修と車をとばしていったとき、すべる雪道で一瞬・・ハンドルがとられ、運転の意思が通じず、ズ−ト滑って・・・横転し、道路わきの畑に転がって落ちたときの記憶がある。

 「怖いもの知らず」というのであろう。その時「運」がわるければ「一巻のおわり」であったかもしれない事件であった。

 そんな経験があったので、「自動車の事故」には人一倍気になり、今朝のニュ−スでも九州で若い人達の死亡事故も気の悼む出来事であった。

 この頃は家内の方が上手になって、あまり自分では車を運転することも少なくはなった。

 昭和51年卒業のクラスから来る7月16日30週年記念の会を弘前駅前のホテルで開催のクラス会への招待状がとどいた。「当日まで”生きていたら”出席したいと思っています」と返事をだした。

 弘前公園のソメイヨシノは満開とか。(20060505)

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