岸 純信(オペラ研究家)
歌手陣について。今回はまず、福田祥子(ブリュンヒルデ)の総合的な表現力に惜しみない讃辞をおくりたい。強靭な高音域を中心に清新なブリュンヒルデ像を確立させ、長丁場のステージでも喉のパワーが衰えることはなく、非常に引き締まったフレージングを聴かせていた。中でも音色の明るさと最高音域の迫力や弱声で中音域を歌う際に生じる独特の翳りなど、彼女ならではの美質を堪能できた点は、今回の大きな喜びの一つであった。なお、今後は低音域の声量のさらなるアップを望みたい。また、直立不動で歌う際、緊張もあるとは思うが、身体がやや縮こまって硬直した感に見えるのは惜しい。恵まれた長身の持ち主でもあり、女丈夫の役柄でもあっただけに、自らの「見せ方」をより研究して貰えればと思われた。
寺西 肇(音楽ジャーナリスト)
第一に特筆すべきは、前回の「ワルキューレ」でも同じブリュンヒルデを演じた福田祥子の成長ぶりだろう。ステージに登場するだけで観客の目を引く恵まれた体躯。そして、ひとたび歌声を発するや、圧倒的な迫力で、ステージ全体が強烈な陽光に包まれるかのよう。「ワルキューレ」に臨むまではまったくしゃべれなかったと言うドイツ語も格段の進歩を見せた。まだ若く、無理が利くだけに力任せに歌う傾向は否めないものの、彼女が"引き算"をして繊細な表現を身につける時が楽しみ。世界に通用する和製ブリュンヒルデの誕生となるかもしれない。