ベルナ−ルのいった人間の内部環境の恒常性あるいはキヤノンのいった外部環境は変化しても身体の内部の条件は一定に保たれるというホメオスタ−シスの仕組みの解明が、基礎医学の、とくに生理学のあるいは衛生学の大きなテ−マになって研究が進すむことになった1,2)。
それは人間生存の基本的条件としての内部環境の恒常性や体温調節のしくみについての研究の展開であったが、とくに体液調節のしくみについて述べることにするが、詳細は専門書をみて戴きたい3−6)。
体液調節のしくみは水と電解質の出納にかかわることである。
体内に水分が入るのは、普通の場合口からであるが、食道・胃を通して腸に入った水分は、腸壁から吸収されて血行に入り、血漿に加わる。
まず飲料水であるが、水を口にする行動は渇きに支配されている。通常の状態で約1,100mlとみる。その水の中に塩類がどれだけ入っているかも問題である。
次に食物中の水であるが、食品として、また料理したあと摂取される食物の中の水分や塩類であり、水分として約700ml。またその食物が消化管中で消化して体内に吸収されたあと、体内で燃焼してできる代謝水(metabolic water)が300mlとして、飲料水と合わして計2,100mlが消化管を通して体内に入る水の量である。
水分として体外に出る方としては、尿1,300ml、糞便中100ml、呼吸と皮膚からの不感蒸泄が700ml、計2,100mlとなるが、これが一般的な一日の水分の出納である。
発汗として体外に出る水分は、温熱調節上汗腺から分泌されるものである2)。それに伴って失われる水と塩類が問題であるが、その点については前に述べた。
体内に摂取される塩類についてみると、人間は経口的に食物と一緒に一日1グラム以下の小量の食塩(NaCl)から数10グラムの大量の食塩を摂取しているのが現実である。
ナトリウムイオン(Na+)として考えると、消化管中にはこのような食餌から入る外因的な食塩のナトリウムと同時に、唾液・胃液・腸液など1日約8リットルの体内から消化管へ分泌される消化液の中の内因性のナトリウムがあり、これらが一緒になって成人1日当り総計約44グラムの食塩(NaCl)の負荷として、腸内吸収に関与しているといわれている。
このような食塩が体液中の電解質として吸収されたあと、ナトリウムはナトリウムとして、われわれの内部環境の恒常性を保つことに関与している。 ナトリウムは体内で別の物質に変換するという代謝(メタボリズム)(metabolisum))をするわけではない。
生体内に食塩が吸収されるとそのままでは体液の浸透圧が高くなるので、水が必要である。理論的にはナトリウム(Na+)1mEq の過剰に対して水約7.2mlの体液貯留を、逆にナトリウム喪失時には同じ割合で水の喪失をきたす。正常血清の浸透圧を280mOsm/lとし、ナトリウム(Na+)1mEqの動きは必ず同量の陰イオンの動きを伴うことによる。食塩だけ入って水がそれに伴わなければ、体液の浸透圧がましてくる。浸透圧の上昇がおこると、それを検知して渇きを覚え飲水を起こさせる部位が脳内の視床下部に存在するといわれている。飲料水を飲めば調節される。
水が入れば体液量は増加する。水が飲めなければ細胞内液から細胞外液へ水の移動がおこり調節される。また腎臓での尿としての水分の排出は好ましくないので、利尿を抑え、水の透過性を支配していると考えらえるホルモン「坑利尿ホルモン:antidiuretic hormon(ADH)」が下垂体後葉から分泌され、腎の尿細管の水の再吸収を多くすることになって、体内浸透圧を正常にもどすようになる。腎の糸球体濾過量をかりに120ml/分とすると、1日に糸球体で濾過される水の量は170リットルにも達し、血漿ナトリウム濃度を145mEq/lとすると、ナトリウムの濾過量は25Eqにもなる。しかしながら、糸球体で濾過された水の99%以上は尿細尿管出再吸収され、尿中に排泄されるのはわずか1%以下にすぎないが、その再吸収がホルモンなどの諸機構によって支配されているのである。また腎臓の組織のうち、糸球体から濾過された原尿について、近位曲尿細管、近位直尿細管、細いヘンレ下行脚、細いヘンレ上行脚、太いヘンレ上行脚、遠位曲尿細管、接合尿細管、集合尿細管など解剖学的部位ごとのネフロン(腎臓の組織上機能上の一単位)における電解質輸送が、腎機能としてのクリアランス法やマイクロパンクチャ−法の発展によって検討されている7−10)。
逆に水やビ−ルなどを飲めば、体液に水が多くなり、相対的に塩類濃度が低くなると、体液の浸透圧は低くなるので、水を体外に出すために、排尿があったほうがよいので、利尿に坑するホルモン(ADH)の分泌が0になることがのぞましく、多尿になって調節する。
水、食物中に含まれている塩類は、その消化管中に一日に約8200mlといわれる消化液と一緒になって、吸収されるが、終末物の糞便中には水分としては100ml、塩類としては小量であって、吸収された食塩総量には比較的無関係である。たとえば1日の食塩の摂取量が、0.1グラムから10グラムにわたっても、便中には10-125ミリグラム出てくるにすぎない。従ってそれ以外の塩類は、食事から摂取した塩類は、一度は体内に入ることになる。
いま食塩の摂取量を増加させると、尿への食塩排泄量は2-3日の遅れをもって増加し、摂取量と同じレベルになる。この間収支の差にあたる食塩は体内に蓄積され、それに応じた水分が体内に保持されるから、体重は増加する。その過剰の食塩量が腎臓における排泄能以内である限り、如々に排泄されて、新しいバランスがとられる。反対に摂取食塩を減少させると、3-4日のうちに尿中への食塩の排泄量はほとんど0にまで減少する11)。
腎機能の良好な場合に、1日摂取量が50ミリグラムの場合、尿中へは0-35ミリグラムの食塩排泄量があり、バランスがとられる。毎日の摂取量が150-175ミリグラムである場合、毎日の尿中に3-160ミリグラムで、数カ月の間、うまくバランスがとれていたという臨床観察も報告されている12)。
しかし、利尿剤を用いたり、アデイソン病や食塩喪失性腎炎などのような病的な場合に調節がよく行われなくなり塩類の損失がおこり、腸炎などの下痢をきたすときは、便中に塩類が喪失される。また嘔吐をして消化液とともに塩類を口から放出するとき、また高度の発汗があった場合には塩類のバランスが崩れることがあることは勿論である。
正常な状態では、人間にとって過剰な食塩はすぐ排泄される。ふつうナトリウムの250mEq/m2/24h(食塩15グラムに相当する)を容易に摂取し排泄しうる。またナトリウム摂取を徐々に増加して、適応に十分の時間を与えれば、500mEq/m2/h(食塩30グラムに相当)あるいはそれ以上の負荷を処理しうるという3)。また8年来食餌中食塩の他に食塩一日約50グラムを摂取していた症例の報告もある。食塩喪失症候群の為その原因を探求したが、脳下垂体、副腎皮質、腎臓等に特別の異常を認めなかった13)。
食塩水負荷試験における負荷後2時間目より4時間目までの期間の尿中ナトリウム排泄率が一定値を示したことから、平均的には1日摂取食塩量が13.4グラム以上であれば水およびナトリウムの体内貯留状態は避けられないのでないかと考察した報告もある14)。
腎からの水排泄はきわめて効率よく行われ、腎不全が進行し、また抗利尿ホルモン分泌機構の異常がなければ、水をかなり大量に飲んでも迅速かつ完全に排泄されてしまう15)。
体内ナトリウムが不足すると、その尿および汗中排泄量は非常に低いレベルにまで低下する。それは一般にナトリウム不足という原始時代に必要であった調節機構を人間がもつようになったことによるのであろう。
実際上のこの地球上に住む人々についての資料をみると食塩の摂取量には大きく巾があり、一般的な状態では尿への食塩排泄量で食塩摂取量を推測できると考えられ、多くの疫学調査においては尿への食塩排泄量から食塩摂取量を推定し求めるという研究が行われている。
1)原島 進:人間有機体.金山文庫,群馬県太田市,1948.
2)渡辺厳一:基礎環境衛生学.医学書院,東京,1969.
3)加藤暎一・山内 真:体液バランスの基礎と臨床.文光堂,東京,1965.
4)飯田喜俊:日常検査の基礎知識シリ−ズ 9. 電解質検査.医学書院, 東京, 1972.
5)ボマ−ル・フランセス(和田孝雄訳):絵でみる水・電解質.医学書院, 東京, 1982.
6)北岡建樹:楽しくイラストで学ぶ水・電解質の知識.南山堂,東京, 1987.
7)川村 敏:尿細管におけるナトリウム輸送.臨床生理,7(2), 101-110, 1977.
8)加藤暎一・阿部信一:電解質異常.Na. 臨床生理, 8(1), 72-75, 1978.
9)今井 正:腎の電解質調節機序.綜合臨床, 29(11), 2685-2693, 1980.
10)田部井薫・今井 正:ネフロンにおける電解質輸送.日本臨床, 41, 秋季増刊,96-111, 1983.
11)Talbot,N.B.,Richie,R.H. and Crawford,J.D.:Metabolic Homeostasis. Havard Univ. Press, 1959.
12)Dahl,L.K.:Salt intake and salt need. New England J.Med., 258, 1152-1157, 1205-1208, 1958.
13)浅野誠一、他:食塩多食症の一例.最新医学,10(10), 2095-2103, 1955.
14)西牟田守:水・電解質尿中排泄に及ぼす食塩水摂取の影響.日本栄養・食 糧学会誌, 36(5), 367-371, 1983.
15)越川昭三:水分過剰.臨床医, 4(3), 340-341, 1978.