6 りんごは健康に奉仕する

 

  テレビでよく見る「笑点」の番組で、青森でのご当地ということで、「青森のりんごとかけて何ととく」という問答があった。

 歌丸師匠の答えがよかったので記憶に残った。

 「青森のりんごとかけて、徒然草と解く」「その心は 健康に奉仕する」と。

 「青森のりんご」を問題にしたことは有り難いことだが、この答えは「徒然草」(つれづれくさ)の作者吉田兼好法師と健康とをかけているところがにくい。

 吉田兼好法師は中国から「酒は百薬の長」が伝えられたのを受けて「よろづの病は酒からおこる」と述べたと伝えられている。

 欧米で一番有名な格言として「一日一個のりんごは医者を遠ざける」(An apple a day keeps the doctor away)があるが、その出所ははっきりしない。私のまったくの推測を述べることをゆるしていただければ、イギリスの文学者として有名な ジョン・ミルトンの叙事詩「失楽園」(1667年)に書かれていたことが、現在まで伝えられたのではないかとの印象をもったことを書いておこうと思う。

 私たちが青森や秋田の脳卒中予防の研究から、昭和33年に「りんごは高血圧を予防し、脳卒中を予防するのではないかと」と学会に発表したとき、このニュ−スは世界に流れた。「古くから言われている格言があるが、日本のドクタ−・ササキの研究によって、その医学的根拠をもった」と報道された。

 このとき発表の成果はわれわれが行ってきた疫学的研究でいえば、ほんの「手がかり」であったのだが、私はそれから停年まで30年、「追跡的疫学研究」によって追究して、それなりの成果を得て報告してきた。

 いろいろ考えたが私の組み立てた理論は、今や「古典的」と称される研究、「医学と生物学」という医学速報誌(昭31)に報告したことによるのだが、食塩(ナトリウム)の過剰摂取は高血圧に悪く、りんごに含まれるカリウムはその害を防ぐのではないかと考えたのである。当時漸く検査室で利用できるようになった、ナトリウム・カリウムを同時に炎光分析できるようになったばかりの方法を、野外の疫学調査で、尿の分析に初めて用いてその結果を考察した研究論文であったのだ。また同じ頃米単作地帯の秋田農村へりんご(国光)を貨車で運んで食べてもらって、りんごを食べた人と食べない人を毎日血圧を測定し蓄尿した尿の分析をしたのである。それも当時最高水準の統計処理を行って、「りんごは長寿のもとになるか」といった研究を行った成果を得て報告したのであった。

 アメリカ建国のかげにヨ−ロッパから持ち込んだりんごがあったことも歴史的事実だし、ミネソタ大学のキ−ス先生らが当時問題になりかけた動脈硬化性心臓病の疫学的研究を展開する中で浮かんできた血清コレステロ−ルをペクチンが下げるのではないかとの問題をりんごと結びつけて発表したことが、「一日2個のりんご」としてTime誌上をかざったのはわれわれが研究を始めた昭和29年であった。

 私が弘前大学を停年退職したあと、自分の研究を纏める意味で「りんごと健康」(第一出版、1990年)を出版した。

 「りんごは下痢の治療だけでなく、貧血によく、離乳食として最適なこと、ビタミンCも実際にはかなりあって、生理機能の基本に関わる抗壊血病因子たりうること、繊維もあり、便通をととのえること。そしてりんごを食べていることは脳卒中や高血圧の予防になることを30年かかって証明してきた。毎日りんごを食べることは健康につながる科学的根拠を持つ知恵であると思う」と纏めた。

 また最近は「りんご」は「がん」を予防するという。

食物の機能性成分の研究が進んだことによる成果と思われるが、りんごのどの成分が、がんとは何かが明らかにされていない。

 この報告が新聞紙上に発表された翌日だったか、いつも行くゴルフ場で「りんごを食べると高血圧も予防できるし、今度はがんの予防にもなる。良いことですね」と語りかけられた。

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