近ごろ「寿命」とか「平均寿命」をテ―マにした文章にお目にかかることが多い。
「寿命」は普通名詞で、「平均寿命」はれっきとした科学的な言葉であると思うのだが、どうも「平均寿命」を自分勝手に解釈して書いている方が多いように思う。
偉い方とか有名人の例を示したほうが分かりが良いので引用させて戴ければ次のような記事が目に入った。
これから総理にでもなろうと考えておられるW氏が、病気で心配をかけた地元への久々の「顔見せ興行」で「平均寿命の76歳まで、あと7年は耐用年数がある」と言った。 ある流行作家O氏が「ぼくの余命も平均的であるとすれば、あと20数年ということになるが」と厚生省が発表した平均寿命を前に示して書いていた。残りの人生に計画性が必要というテ―マそのものは結構だと思うのだが。
私の敬愛するK先生も最近本誌に「私も還暦と古希を過ぎて、あと2年で男の平均寿命に達する」と書いておられた。
これらは「平均寿命」をそれなりに自由に解釈しておられると思うのだが、いかがなものであろうか。
広辞苑には「寿命」とは「いのち、よわい、生命。転じて、物がいたまずに保つ期間」とあり、「平均寿命」とは「ある年齢に達した集団が、それ以後生存し得る平均年齢を、国勢調査による年齢別死亡率から統計的に算出したもので、0歳における平均余命を平均寿命という」とあった。要を得た解説であると思う。
「平均寿命」は「生命表」という生命に関する諸関数の一つの科学的数値であり、厚生省の統計情報部ではこの「生命表」の概念と作成方法の説明に数頁を費やしている。
統計は基礎になる資料がどのようにして集められたとか、またどのようにして計算されたかの方法を知って初めてその数値の意味を解釈することができる。基礎になるのは国勢調査と人口動態調査であるが、「10万人が一度に生まれて」「調査年次の年齢別の死亡率が今後100年変わらず続いて」という「仮定」にたって計算された数値でもある。
「平均寿命」は0歳の平均余命だから、ご自分の年齢と「平均寿命」を比較することは全く当を得ていないと思う。
わが国では第1回(1891一‐98)以来17回(1990)で男75.92、女81.90と計算されるようになった。ちなみに75歳の男の平均余命は9.5年である。
衛生統計の歴史の古いイギリスでは1800年第1回の国勢調査を実施し、1841年に第1回の生命表を作成している。人口動態年報に収録された「英国民が生まれ死にゆくまでの死亡秩序」が把握されたことにいたく感激した時の宰相グラッドスト―ンのエピソ―ドが語られているのに比べてわが国の常識は何年おくれているというのであろうか。