りんごを食べると高血圧の予防になると考えられるが、それについて述べる前に、高血圧について説明しなくてはならない。
脳卒中や動脈硬化は、ギリシャでアポプレキシアあるいはスクレロ−ゼといわれ、また中国では脈が観察されていたことからみると、視診・触診によって大昔から病気として経験され知られていた。
ところが、血圧とか高血圧といった概念は医学の歴史の中では極めて新しく、血液循環を発見した生理学が誕生して以来のものである。そして血管に管を入れて流れている血液の圧を測定してみることは、18世紀になってから行われた。現在広く血圧測定に用いられている方法、すなわち腕にマンシェットを巻いて締め付けたり緩めたりして、そのとき聞こえる血管音を聴診して血圧を測定する方法、すなわち非観血的に間接的に聴診法によって血圧を測定する方法は、その原理を1905年(明治38年)コロトコフ(N.S.Korotkov)が報告して初めて確立された。
比較的簡単に測定値が得られるので、またたく間に世界に広がり日本にも入ってきて、医師が病人を診察するときに、また生命保険事業の中で人の血圧を測定することが行われるようになった1)。
そして、人によって高い血圧値が得られれば高血圧が認識され、なぜそうなるのかを考え始めたというわけである。
生命保険医学では高血圧の人は早く死亡することが分かったので、医学診査で高血圧と判定された人は加入を断るようになった。
われわれが前の章で脳卒中の予防の研究を始めた昭和29年(1954年)当時は、高血圧の成因についてはまだほとんど何も分からない時代であった。ただ脳卒中の発作があった人を往診して血圧を測ると、多くが高血圧であることは知られていた。だから脳卒中の死亡についての調査研究を進める一方、血圧の調査研究も始めたのである。
アメリカでは心臓病が問題になり、血圧を含めて計画的な疫学調査が開始されたのはわれわれよりちょっと前であった。
われわれが始めた研究方法は現在の表現でいえば「疫学的」研究であった。従来の研究方法は、診療所や病院に座っていて、そこに来る患者について詳しく調べる方法であった。われわれが開始した疫学的方法とは、ある地域の人々−病人であろうと健康を自覚していようとそこの地域の人々全部−を調査する方法で、そこで得られた資料に基づいて考えるという方法である。われわれはそこに疫学調査の原点があると考えている2)が、まだ生まれてから一度も血圧を測ったこともない人も含めて秋田県・青森県の地域に入って血圧を測定していった。
研究を始めるに当たって必要なことは、血圧測定方法を一定にすることであった3)。ここでわれわれが決めた方法は、私がアメリカから帰国後日本循環器管理研究協議会の中で検討4)し、厚生省を通じて日本中で標準的に行われることになった血圧測定方法の基礎になるような方法であったから、国際的にみても極めてレベルの高い測定値になったものと自負しているのであるが・・。
そして地域の人々の協力のもとに、昭和29年から33年末にかけて対象数延べ62カ所、18,029名の血圧を測定できた5)。
また、そこの人々の毎日の生活内容について、脳卒中や高血圧と関係があるかもしれないと考え、いろいろと問診して資料を集めた。
その結果、青森県・秋田県内の東北地方住民の血圧はわが国の他の地方の住民の血圧に比べて一般に高い値を示すこと、住民の血圧の高いのは成人ばかりでなく、子供の時から高いと思われること、東北地方の住民の血圧は一様に高いのではなく、対象によってかなりの差があり、青森県、特に弘前近郊のりんご生産地域の住民の血圧は比較的低いことが分かった。
1)佐々木直亮日本保険医学会誌,79,59,1981.
2)佐々木直亮:人々と生活と.第49回日本民族衛生学会総会記念写真集,1984.
3)高橋英次,他.:弘前医学,11,704,1960.
4)佐々木直亮:血圧,第2回日本循環器管理研究協議会総会,1967.
5)佐々木直亮:日本公衆衛生雑誌,6,496,1959.