脳卒中で死ぬ人は冬に多かったから、血圧も冬に上がるのではないかと考え、夏冬血圧を測って検討することからわれわれの研究が始まった1)。
そして、血圧は冬高く夏低くなるという季節変動があることを報告した。東北では冬、外の気温はそうとう低くなるので生理学的にも血圧が上昇することは納得できたが、暖房如何によっては室温は違うので、その点はどうであろうというのが次ぎの問題であった。研究の結果、冬の住宅を暖かくすることが、脳卒中の予防になるのではないかと考えた2)。
その次の問題は、食生活の中の食塩過剰摂取であった。
なぜ食塩が問題なのか、そう考えるに至った研究にはどんなものがあるのか、日本だけの問題ではなく、国際的な問題に発展することになったいきさつ、研究について述べることは、この本の主旨ではないので省くが、すでに「食塩と健康」3)でまとめてあるので読んで頂きたい。
りんごを食べることがもしかしたら高血圧の予防になるのではないかと考えたきっかけは、昭和29年8月19日、弘前市近郊の狼森というりんご生産地域の人々の血圧測定を行ったことであった4)。中学校卒業以上の人の血圧を測定したが、それまで測り、また文献上知っていた血圧値に比べて、低いというか、正常というか、高血圧の人のいないというか、そんな成績であった。
人々の血圧の状況を統計上示すにはいろいろの方法がある。年齢性別に最高・最低別に平均値を求める方法、最高血圧150mmHg以上の人の割合を示すいわゆる高血圧者出現率、その他WHOの分類などである。
私はその点いろいろ検討して、「血圧論」の立場5)に立った人々の血圧の集団評価、また1人1人の個人評価という考え方をもつようになり、まだ一般には理解され認められたとは思わないが、それなりに集計した数値を報告してきた。
分かりやすくいえば、人口集団ごとに、性別・年齢別・コホ−ト別に血圧水準と分布があり、それぞれ分布の中に1人1人が自分の位置を占めつつ、生まれてから死ぬまでいろいろの要因に左右されながら血圧が推移しているというのである。
1965-66年にかけてアメリカのミネソタ大学に客員教授として滞在研究していたときに、私は世界中の各地の人々の血圧についての文献を全部調べた。そして地球疫学の立場から考察することができた。この地球上の人々の血圧をちょうど宇宙船にでも乗ったような気持ちで観察すると、人が生まれ年をとって死亡するまで持ち続ける血圧の年齢別の最高血圧平均値やその分布はいろいろだった。平均値や分布が成人になったあと加齢に伴うことなく死亡するまで変わらない人々がいる一方、日本の東北地方のように、小さいときから少し血圧水準が高く、分布も広く、それが加齢すると次第に血圧水準も高くなり、分布も幅広くなる人々もいる。個人として小さいときから血圧が高い水準をもち、加齢に伴って高くなるほうが、脳卒中のような循環系の疾患で死亡するのではないかということである。
そして、なぜ人によって違うか考えてみると、その土地土地に古くから伝わってきた食生活の、特に日常摂取する食塩量に関連しているのではないかと、また場合によるとNa/K比に関連しているのではないか、という仮説をもった。そして作業仮説をセミナ−で述べ6)、1970年ロンドンで開催された第6回世界心臓学会でも述べた。
人の血圧は、その人のもっているいわゆる遺伝的な要因と環境要因の組み合わせできまる。
環境要因のうち、われわれが調べた生活要因との関連はどうであっただろうか、特にりんご摂取との関連をみるために、昭和29年−33年にかけて集団血圧測定した東北地方、主として青森県及び秋田県内の、中年者男女約3,000名の血圧測定成績と、同時に調査した生活諸条件との関係を検討した結果、住環境では、冬期採暖用にスト−ブをつけている人の血圧はつけていない人より低いこと、食生活では1日に食べるりんごの個数の多い人の方が低く、ご飯を食べる杯数の多い人はやや高いことなどを認めた。
図1は1日に食べるりんごの個数と血圧との関係を示したものであるが、各5歳間隔別に分けても同じ傾向であった。そしてりんごの摂取量とスト−ブの有無との相互関係を検討してみるたところ、りんごの摂取量のほうに強い影響力があることがうかがわれた7)。
青森県の津軽地方にはりんごを生産している村が多いが、その地域の人たちはりんごを多く食べていることが実態調査の結果分かった。
すなわち、昭和33年9-10月にかけての5日間、弘前市内(195名)と木造町(171名)での調査によれば、1日1人平均3.4個、非農家42名では平均2.3個と報告されている。9)。
これらの成績は疫学的研究のうちの横断的な面、すなわち、ある一時点における調査成績間の関連を求めたもので、これで結論が出たわけでなく、さらに追跡してこの関係を証明していかなければならなかった。
1)高橋英次,他.:弘前医学,6,181,1955.
2)高橋英次,他.:日本医事新報1926,27,1955.
3)佐々木直亮,菊池亮也:食塩と栄養,第一出版、東京,1980.
4)高橋英次,他.:弘前医学,11,704,1960.
5)佐々木直亮:弘前医学,14,331,1963.
6)佐々木直亮:最新医学,26,2270,1971.
7)佐々木直亮,他.:弘前医学,15,368,1963.
8)三橋禎祥:弘前医学,12,57,1960.
9)柴田学園柴田高校:津軽地方における食生活の改善.1959.