赤ちゃんも おなかの中で 吸っている

 

 これは「喫煙か健康か」の標語募集に応募したときの私の落選作である。落選作ではあるがとても大事なことを云っていると思うので「たばこと健康」について話をするときはいつも紹介することにしている。

 

 一九八0年にWHOが世界保健デ−のスロ−ガンに「喫煙か健康か 選ぶのはあなた」と定めたとき、日本でも「禁煙運動」に関係のある団体が一緒になって広く標語を募集した。

 

 最優秀の厚生大臣賞は「きっぱり禁煙 すっかり健康

 日本対ガン協会賞は「禁煙はあなたにできるガン予防

 結核予防会賞は「まず禁煙! 健康づくりの合言葉

 そして日本心臓財団賞は 「私 煙草をすう人とは・・・・結婚しません」であった。

 

 最後の「私 煙草をすう人とは 結婚しません」はある作家が「煙草をすう人のところへは、お嫁に行きません」とはまこと子供らしくなく「嫌煙権 気に入らぬ」と週刊誌や新聞紙でのやりとりというおまけがついた。当選作の作者が小学五年生だったからである。

 

 佳作には

 「眞先に 医師から禁煙はじめよう

 「吸うまねが やがて吸うくせ悪いくせ

 「うれしいな パパの禁煙 ママの笑顔

 「禁煙の話題がはずむ同窓会

 「その煙 のまない家族もすっている

 「健康を誇る一家にタバコなし

 「禁煙は 自分の意志から 工夫から

 「禁煙はあなたもできる健康法

 「汚すまい! 肺も ハ−トも 灰皿も

 「禁煙したわ やがて産まれる子のために

                                      が入選した。

 

 これらは今から十年以上前の標語であるが、「禁煙」「嫌煙」だけでなく、間接喫煙に注目されるようになり「分煙」「防煙」の時代になった。

 喫煙が恐いのは「ガン」だけでなく「心臓病」の発作をおこして死亡することもある人の「悪い習慣」であることは今や常識になったと思われるが、「因果関係は不明」「遺伝が関係している」と喫煙者をちょっと安心させる報道が入り乱れている今日このごろである。

 

 かつてタバコが「万能薬」ともてはやされ、病害のある空気を綺麗にすると真面目に考えられていた時代もあった。

 遺伝と環境はすべての人間の健康につきまとう基本的問題と考えられるようになった。人間の全ての遺伝子を明らかにしようという「ゲノム計画」が成功すれば、「あなたはタバコをすっても大丈夫です」と云われる時代がくるかもしれないが、今はまだその時代ではない。

 

 あぶないものはさけるのが常識と思われるが、そういかないのがタバコ喫煙の習慣である。

 心理的利益が云われた時もあった。あったと過去形で書くのである。「今日は元気だ タバコがうまい」と思って健康のバロメ−タにしている人もいると思われるが、どうやらタバコ中毒現象と見られるようになった。

 「たばこは集中力を失しなわせる。少なくとも私の場合は。ジャック・ニクラウス」とあり、そして「一流プロは吸わぬ」のタイトルの記事を読むとゴルフではまだ世界には勝てぬとの感がする。

 

 「教師は生徒の前でタバコは吸うな」と書いたことがあった。昭和四十年アメリカから帰ってきたとき、最近のニュ−スとして「喫煙問題」を健康優良学校を目指している先生方を前にしゃべった。それを聞いたことがきっかけになってそこの校長先生が喫煙を止めた。いまから二十五年以上も前のことである。

 

 医師もますますつらい時代になった。「患者の前では吸わないようにしています」「だが自分ではやめられません」とは私の前でタバコを取り出すかつての医学生だった人達である。だが日本でも医師の喫煙率は下がりはじめたようだ。

 

 「医師のための禁煙指導のプロトコ−ル」として「四つのA」が提唱されている。

  Ask(あらゆる機会に患者の喫煙状況について問診する

  Advise(すべての患者に禁煙するようアドバイスをする

  Assist(禁煙目標日を設定したり、禁煙パンフレットやニコチンガムを用いて、患         者が禁煙するのを手伝う

  Arrange(禁煙維持と再発防止のため、フォロ−アップのための受診日をきめる)   

 

 タバコを二十歳で吸い初めて二十年、一日二十本として二十×二十=四00の数字をブリンクマンの指数というが、この指数が四00を越えると四十歳あたりから肺ガン発生の危険率が増えてくると云う。かなりの長年月の積み重ねではある。だがもう手遅れだと思う必要はない。この危険率も五年禁煙すればタバコを吸わない人と同じになる。「今からでも遅くない」。おまけに心筋梗塞の発作の危険率は止めたその日から少なくなる。

 

 米国では最も重要な衛生目標を「二000年までにタバコのない社会」においたが、これはWHOの「二000年までにすべての人々に健康」をうけての目標である。

 毎日新聞のみんなの広場(昭六二・三・二五)にあえて「喫煙車」の提唱をした自分ではあるが、とくに「若い人は注意」(昭六二・七・二七)を望みたい。「ホタル族」のようにベランダでタバコを吸い、台所の排気ファンの前でタバコを吸うよりは、「たばこはやめる工夫を」でありたいものだ。青森県で「生き生き健康運動」で示した「リンゴの五っの花びら」のタバコの項では「タバコはやめる工夫を」にした。「禁煙したわ やがて産まれる子のために」の女の子が増えることを期待し、女子大生にも話をしている。

 

 ところで「赤ちゃんも おなかの中で 吸っている」の医学的意味がお分かりであろうか。話はギリシャ時代にさかのぼる。

 哲人ソクラテスに子供の教育について尋ねたら、子供の年を聞かれ、三歳だと答えたら、「三年遅かった」と答えられたという。「0歳児からの教育」という言葉のように誕生から子供のことを考えなければならないという。だが医学的には誕生日の前の二百八十日を考えなければならないのだ。

 すなわち人の一生は卵子と精子がであって受精することから始まる。それから出産までの二八十日母の腹の中で育つ期間がある。本当の排卵や受精の日は分からないから出産予定日を決めるときは最終月経の第一日を基準にして計算することになっている。そしてそれから数えて平均二百八十日で出産する。実はその在胎の期間が人の一生をきめるのに極めて重要な時期であることが医学的に最近分かってきたのである。「胎児医学」の進歩のたまものである。

 昔から「因果応報」として梅毒の影響は「親の因果が子にむくい」と云われていた。

 一九四0年にオ−ストラリヤで流行した風疹によって生まれた子どもたちが「白内障」になっていることが分かり、また妊娠中の風疹によって先天性の心臓の奇形になり聾唖(つんぼとおし)になることが分かったのである。

 次は一九五九年以後ドイツで発売された「サリドマイド」という睡眠薬を母親達が飲んだことによって起こった事件であった。生まれた子ども達に手や足の短いあざらしのような子どもが生まれた。

 その症例の研究によって最終月経の第一日を妊娠の第一日目として計算して、三十五・六日には耳の欠損、三十九から四十一日では腕がなく、三十九から四十六日で腸管の奇形、四十一から四十四日で下肢がなく、三十六から四十八日で肛門が閉じ、四十一から四十八日で十二指腸狭索、五十から五十四日で親指の奇形が起こるというように、妊娠の一月から二月目、すなわち予定される月経が一回か二回無かったというその時期に母親が飲んだ薬の影響を胎児は受けてしまったことが具体的に示されたのだ。

 妊娠中に色々な薬を服用し、レントゲンなどの放射線を受け、そして風疹などのウイルス感染にかかると妊娠初期の胎児の胎芽期という感受性の高い時期に作用して将来生まれてくる子ども達に決定的な影響を与えてしまうのだ。

 母親のタバコ喫煙の影響にはどんなことが分かってきたか。

 「未熟児の出産」、専門的にいえばSFD(small for dates babies,在胎週の割には出生時の体重が比較的小さい子ども)の出産など、色々の障害があることが次々と報告されるようになった。

  生まれてくる子どもの幸福を祈るなら、母親になる女子を大事にしなければならない。父母になろうとする人はSEXするときから考えなくてはならないのだ。

 

 「赤ちゃんも おなかの中で 吸っている

              ホ−ムペ−ジへもどる 次の(5.あなた確率を・・・