衛生学の講義はコス島への旅から始まる。
1966年7月31日私は篠田秀男先輩についで2番目に日本人医師としてギリシャのコス島を訪れたことになっているのだが(ヒポクラテスの会の記録による)、その時に撮ったスライドと話は、医学部を卒業していく学生諸君にとって最も印象に残ることのようである。
現代に続く数々の思想、そして「空気・水・場所について」は衛生学・疫学を学ぶにあたっての格好な話題である。アスクレピオンの神殿の遺跡、ヒポクラテスの木、そして私が初めて撮った衛生の女神「ハイジエイヤ」の像のスライドが好評なのである。
そして私がコス島の市長から記念にもらった「ヒポクラテスの誓」の英語版のを翻訳する宿題が与えられる。
しかし、すでに本誌上でも度々論じられたことなのだが、例のVITA BREVIS ARS LONGA、OCCASIO PRAECEPS、EXPERIENTIA FALLAX、JUDICIUM DIFFICILE と続く箴言の、ARS LONGAの解釈についてである。
緒方富雄先生が訳された「技術はながい」をそのままとるか、「技術を修得するには時間がかかる」と読むかである。
短い文章に表された思想、考え方は、それがつくられた時代とはなれては分からないことが多い。
2千年ははるかかなたである。
そんな2千年も時が経った今、弘前でも大内清太先生らの努力でヒポクラテスゆかりの木が病院玄関前に植樹された。衛生学が日本に開講されてから百年たった。弘前大学では40年である。
この4月第55回日本衛生学会総会が熊本で開かれたとき、野村茂会長の衛生学開講百年の特別展示があった。その懇親会の席上、ARS LONGAをどう解釈したらよいでしょうかと、外山敏夫先生に話かけたら、その答えは「ヒポクラテスに聞いてみなければわからない」であった。