脳卒中の話

 (東奥日報,昭和35.9.20.掲載)

 脳卒中で死ぬ人が日本に多いのは問題だ。国民死亡の第1位である。その数は一年間にに14万人だ。一口に14万人といっても、ピンとこないが、ちょっとした市の人口だ。どこの町や村でも、一年間に何の病気で死ぬことが多いかをしらべると、第1位は脳卒中であることがわかる。

 さらに日本の人口構成がしだいに老年化していることから考えると、数十年先では、毎年 2,30万人の人が脳卒中で亡くなることが予想される。

 

 とくに多い東北地方

 ところが、私たちの住んでいる東北地方は、秋田県を筆頭に、脳卒中で死ぬ危険性は高く、とくに若い働き盛りの人が亡くなるのが多い。手元にある資料から計算すると、毎年東北六県で、60歳前で死ぬ人は年に4千人である。青森県内でも、大体500人以上の人が60前で死んでいる。これが毎年なのだ。過去何十年かそうであったように、今年も来年もわれわれの周囲で、一見健康そうに働いている人々の中から脳卒中はおこるのだ。だれがその運命になるのであろうか。

 ところで私が青森県に住むようになっておぼえた言葉の中に「あたり」がある。この辺ではただ「あたる」といっただけで話が通じるし、急に亡くなるとびしっとあたったとか、ぼんとあたったという。手足にマヒがきたようなものを、かすったという言葉が用いられているようだが、最近では百万円あたったとか、十万円あたったという言葉が用いられているようだが、みんな脳卒中を示していることがわかった。私はこの「あたり」をもっと研究し、この地方し、この地方に多いこの病を解明する必要があると考えた。

 

 古代ギリシャにも

 脳卒中は昔からあった病気だ。今から2千年前、ギリシャのヒポクラテスの時代から「アポプレキシア」という言葉があった。「アポプレキシア」とは、突然に意識を失って倒れ、運動マヒがおこって、手足や口がきかなくなる、いわば打ちのめされた状態をいう言葉で、だれもが身近に見聞きされたことがある「あたり」にあたるわけだ。

 そしてヒポクラテスが経験して記録した本の中に「健康者がにわかに頭痛をおこし、言語を失い、いびきをかくとき、7日以内に死ぬ」とか「重症の卒中発作は治療不可能であり」とか「肥満した人はやせ形の人より急死することが多い」とか「季節の変化は病いをおこすことが多い。同じ季節でも、寒暑の激変あるときは、病いを生ぜしめる」といった記事があるが、今もなを脳卒中についていえることなのだ。

 

 実は血管の病気

 先日弘前での学術会議の公開講演で、東大の冲中重雄先生の話にもあった通り、脳卒中は実は血管の病気なのだ。脳卒中の中で一番問題になるのは、脳の中で出血するもの、すなわち脳出血とか脳溢血というもの。第二は脳の中の血管がつまって、そのために先に血液がいかなくなり、そこで脳の一部が死んでしまう脳軟化。そのほかに脳膜と脳との間に出血する脳膜出血があって、これらを臨床的に総称した名前が脳卒中である。出血となると血圧が高いことと、動脈の変化が問題で、血圧がなぜ高くなってくるのか、また血管のえ(壊)死がおこって破れやすくなるのかが問題で、脳軟化は主として動脈硬化が原因と考えられ、このへんの因果関係の探求に学問の焦点がむけられているのである。

 

遺伝だけではない

 親が脳卒中で死んだから、自分もその年になると死ぬのだときめてしまうのは早い。子供は親に似るという遺伝関係からいえば、脳の血管や、体質などが親に似るのは当然であるが、脳卒中で亡くなるのが、親から受けついだ運命とあきらめてしまうのは早い。身近に脳卒中で亡くなった方のある人は、食生活をはじめとしていろいろ生活の仕方を、現在よいと考えられている方向にかえる努力をしなければ親と同じ運命をたどるものと考えて、人一倍気をつけていただきたい。

 実際に同じ日本人でありながら地域によって、脳卒中になる割合が違ったり、運命ならば減るはずのない脳卒中が、戦時中、戦後にかけて減少したなど、生活の仕方をかえることによって、脳卒中を少なくする可能性を示す証拠はあるのだ。現在のところその要点は高血圧にならぬ工夫をし、血管の変化をおこさぬ工夫をし、発作をおこすような機会を少なくすることにありそうだ。

 

 適量の酒はむしろ薬

 ごちそうのたべすぎ、太りすぎは命とりであり、食塩を必要以上にたくさんとらぬようにし、新鮮な野菜、くだものをつとめてとることが食生活の要点だ。食塩の過剰摂取が悪く、りんごが良いというのは私たちの研究室での成績で、有力な証拠の一つだと思っている。

 こう食生活を書いてくると、酒はどうなんだと必ずくる。世の中には酒だけが脳卒中のもとになると信じている人が案外多い。しかし酒だけが脳卒中をおこす証拠はない。といえば安心する方が多いだろうが、毎日相当量の酒をやる方は悪いという成績もある。心すべきはその人なりの適量であろう。むしろ一杯の酒は長生きのもとといってよいのではないか。

 

 気候の変化に注意

 酒がでればもう読むひつようがないといわないでほしい。食生活のほかに脳卒中をおこさない工夫には次ぎのようなことが考えられる。

 東北地方のような冬寒い地方は住生活を根本的に考え直して、冬暖かく暮らす工夫が大切。気候の変化に注意して、暑さ寒さを急にうけないこと。これから11月、12月と寒くなると毎年必ずあたる人はふえる。

 急にひどい運動をしては危険。性生活もすぎてはどうも。小説「鍵」の主人公のようにならぬように。とくに休養が大切。高血圧者には昼寝がよい。便通をととのえ、便所できばらず、夜中小便におきる人は、まくら元に尿ビンをおくことも長生きの秘訣の一つ。ぬるいおフロは良いが、寒いところで着物をぬぎあついフロに入ることは危険。めまい、頭痛、のぼせ、気が短く、怒りやすくなるのは注意信号と思え。

 自分の血圧を年1回か2回は測ってみると、普通なら安心して生活するために、高ければそれ以上悪くならないように医療と、生活の仕方を考えることによって、きっと長生きできる。

 もし万が一あたったら1,2週間は絶対安静。あたった場所でねかせておくことが必要で、自動車などで病院へはこんでは危険。1ケ月もたって落ち着いたら、マヒした手足に失望せず、生まれかわった気持ちで、動かなくなった手足を。意識してうごかさそうとみずから努力することが何より大切。

(東奥日報,昭35.9.20.)

注:昭和35年の時点では「あたったあと動かさないことが良い」と考えられていた。 

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