日本人の高血圧症(対談)

 (昭和57年6月16日日本短波放送から放送された)

九野周一(東京・四谷内科院長):私どもが高血圧およびその合併症の診断・治療ないし管理に使用いたします知識は、国内ばかりでなく、国外の研究成果にも基づいて提供されております。しかし対象となる患者さんの大部分は、通常日本人で、もし日本人の高血圧に外国人と違う特徴があるならば、外国で考えられた理論なり方法を、そのまま踏襲することはいかがなものでしょうか。むしろ日本人の特徴を日常臨床の上でも考慮しなければならないのではないかと考えられます。

 従来から日本人の高血圧の原因としては、食塩の摂取の影響が大きい、あるいは高血圧の合併症の中では、心臓疾患よりも、脳血管障害の頻度が高いということが言われております。

 今夜は私ども臨床家が心得ていなければならない、そのような日本人の高血圧の特徴について、家森幸男先生(島根医大第2病理学教授)、佐々木直亮先生にお教えいただきたい思います。

 高血圧症の特徴と申しましても、ひとつには罹患率などの量的な面の特徴がございますし、他方には発生病理であるとか、臨床像とか、合併症の種類とか、あるいは国民の関心度といった質的な面の特徴があると思います。もちろん、両方がオ−バ−ラップすることもあるわけでございます。

 

日本人の高血圧罹患率

 

 まず最初に量的なと申しますか、例えば罹患率その他の疫学的な特徴について、佐々木先生からいかがでしょうか。

 例えば外国人との比較で、日本人に高血圧が多いのか少ないのかという点いかがでしょうか。

佐々木:一言で日本人と言うんですが、北から南へいろいろ住んでいるところも違うといことで・・・。ただ、平均的に見ますと、従来は生命保険のほうのデ−タでしたし、国民栄養調査が行われるようになってから、その成績も出てくる。あるいは成人病基礎調査の成績も出てきまして、そういう平均的なもので見ると、諸外国とあまり違いがないんじゃのいか、あるいは150で線を引いて、高血圧者出現率、そういうことでみても、あまり違いがないんじゃないかと、国際学会でもそういう話がでるようです。けれども、私ども実際にいろいろな地域に入って血圧を測りますと、それぞれ特徴がるんじゃないかということを感じるわけです。

 私は弘前にまいりましてから、約30年くらいになるんですけれども、いまから27,8年前の東北地方の日本人は、普通の血圧計で測れないような血圧の高い方もおられたのはたしかだったと思います。いまのご質問の総論的なお答えとしてはそんなことになろうか思うんですけれども。

九野:家森先生いかがでしょうか。いま佐々木先生から概括的なお話がございましたが、例えば文明度と高血圧というような点について、どのような感想をお持ちですか。

家森:私ども実感といたしまして、ヨ−ロッパ、アメリカへ行きました場合に、食べ物が非常に違うというような生活風習の違いを感じますし、そういうことが高血圧に非常に反映しているんじゃないかと思います。

 実際私ども高血圧モデル動物で、同じように遺伝素質を持っている動物を、全く違った食餌の条件におきますと、高血圧の状態が違ってくるわけでございます。

 これは非常に典型的な例ですけれども、同じ脳卒中を起こすラットを、日本の実験食で飼っておきますと、ほとんど100%脳卒中を起こします。これをアメリカ、ヨ−ロッパの研究所へだしましたところ、脳卒中がなかなか起こらなくなったわけでございます。実験食の成分が違うということがわかりまして、やはり日本の実験食には日本的な食餌の要素が入っている、すなわち蛋白質がアメリカのそれに比べて少ない。そうしますと同じ高血圧でありながら、アメリカでは脳卒中にならなかったということでございます。

 これは佐々木先生のご専門でございますけれども、例の、日本人がハワイやカリフォルニヤへ行きますと、脳卒中が少なくなって、心筋梗塞が多くなったというデ−タがございますが、あれと全く同じことが動物でも確かめられているということで、高血圧というものは、やはり環境因子が非常に影響していると思います。

佐々木:いまの問題なんですけれども、ちょうど16年前、アメリカに行きまして、世界中の文献を見ることができました。いわゆるポプレ−ション・サ−ベイ、疫学的に言ういろいろな人口集団の血圧のデ−タをすっかり見て、それをまとめてみたところ、一言で言えば同じ地球上に住んでいる人でもいろいろ違う。それを見ますと、日本人の血圧が高いほうにはいるんじゃないかと私は個人的に思っておるわけです。

 それから、いわゆる原始生活をしている人々の血圧が非常に低い、最近、そういうデ−タを自らの手で得たいということで、いろいろやっているんですけれど。

 

Na/K比

 

家森:その点で先生がいち早く、食餌のナトリウム・カリウムの比率が、グロ−バルな意味でみた血圧の高い低いと関係しているんじゃないかということを見抜かれたというのは、すばらしいと思います。

 私ども、実験をやっておりまして、同じ遺伝素因を持つ高血圧の動物で、ナトリウムを多くすれば重症になりますし、カリウムを多くすると高血圧の程度が抑制されてくるということで、実験的にはそれは証明できます。

 それからまた、疫学的なアプロ−チでは、一つの農村を対象にいたしまして、1,120人ほどの尿を採って、ナトリウム、カリウムの比率が随分高いんですね。実際6以上の人がかなりおりますが、これが外国では3以下なんですね。これが大変な違いですね。明らかに、比率が高いと、高血圧も多いし、重症になってくるということがはっきりわかってきております。

 

日本人の高血圧の変遷

 

九野:発生病理に関しては、またのちほど伺いたいと思いますが、その前に、人口の老齢化が進んできていることと高血圧の頻度との関係は如何でしょう

佐々木:人口問題からいく老齢化はたしかに進んでいるんですけれども、例えば国民栄養調査のデ−タで見ましても、国民の血圧が上がっていないんですね。これは大変おもしろいことなんです。平均値で見るとか、あるいは高血圧の割合で見ましても、近く循環器疾患基礎調査の成績が発表になるわけですが、そのデ−タを見ても、ちょっと悪くなっておるのは、40歳代の男だけということで、あとの年齢層は一様によくなってきた。

 それで国民栄養調査の成績は平均値とか、標準偏差という形でしか発表されませんけれども、もうちょっと分布の形といいますか、専門的になるんですが、パ−センタイルのような分布の形で見ますと、非常に血圧の悪い方と申しますか、血圧の高めの方の割合が、ここ10年、20年の間に減ってきている。先程普通の血圧計で測れないような方が東北地方には沢山いたという話をいたしましたけれども、このごろはほとんどおりません。非常によくなってきている。変化が進行している。また同時に、脳卒中の死亡率も急速によくなってきているんですね。

家森:先生、長くフォロ−アップしておられまして、それは生活環境の変化なのか、あるいは高血圧を非常に早く発見して治療するからなのか、どちらなんでございましょうか。

佐々木:両方あると思います。臨床の先生は治療するからだと。これはそうおっしゃるのは当然だと思うんですけれど、疫学的に調べると治療していない方も変化している。こちらはやはり生活の変化じゃないか。食塩一つとりましても、昔はそれこそ大変ひどかった。30g40g摂っておったのが、東北の農村でもこのごろは衛生教育が行き届いた。たいてい、食塩の摂りすぎはいけないとか皆さん言われますから、自らも気をつけるし、好みも変わってきているというふうに感じますね。

九野:今夜は主として本態性高血圧に話題がしぼられるわけでございますが、つぎにその本態性高血圧の発生病理、特に実験病理学的なお仕事を長く続けていらしゃる家森先生に、日本人の発生病理的な特徴について伺いたいのですが。

 

発生病理 食餌の影響

 

家森:人間の本態性高血圧は、遺伝的要因がベ−スにあって、そして環境の影響を受けて発症してくる高血圧でございます。

 私ども動物のそういうモデル−−遺伝的な高血圧のモデルから考えますと、遺伝素因というものは、どの人種においても似たようなものではないか、その質も量も大体似ているんじゃないかと考えております。ところが実際高血圧を発症してくるときに、環境の影響を非常に受けてくると思います。同じモデル動物−−遺伝的な高血圧症でも、先程申しましたように、ナトリウムとカリウムの比率はたしかに影響しますし、そのほかいろいろ影響することがわかってきました。

 例えば脂肪の問題でございますが、日本人では高脂血症は比較的少ないです。極端に高い人は少ないが、アメリカでは非常に多い。これがどのように血圧に影響するかと申しますと、高脂血症にしますと、血管の反応性−−昇圧物質に対する反応性が抑制されまして、重症の高血圧にはなりにくいことがわかりました。

 そうしますと、日本の欧米の差というのは高脂血症だけでも非常によく説明がつくわけでございますね。そのかわり高脂血症があると、あとは血管に脂肪がついて動脈硬化のほうになりますので、重症の高血圧症は少なくなるかわりに、動脈硬化から心筋梗塞になり易いということになります。

 従いまして脳卒中が日本に多くて、外国には心筋梗塞が多いというのは、高脂血症の差だけでも説明がつくわけですが、そのほかにやはり蛋白質が随分影響するということもわかりました。日本では蛋白質は外国に比べて摂取量が少のうございます。特に動物性蛋白が少ないと思いますが、この動物性蛋白の摂取の影響を実験動物でみますと、高血圧を抑制するように働きます。そして疫学的に見ておりますが、動物性蛋白(魚)の摂取が多い漁村では農村に比べて高血圧の程度も軽く脳卒中も少ない。そして一つの集団で、これも尿を調べてみまして、動物性蛋白の摂取量は、その中の含硫アミノ酸に由来する硫黄の尿中排泄を見ればわかりますが、そうしますと動物性蛋白を多く摂れば摂るほど、むしろ血圧は下がるということが証明されましたので、日本人の高血圧は、遺伝素因はたとえ外国人と同じであっても、そうした脂肪や蛋白質の摂取の違いから血圧を抑制する因子があまりなく、それと反対にナトリウムは多いし、カリウムが少ないということで、高血圧はむしろ遺伝素因は同じであっても、重症化させている傾向があるのではないかと思います。

九野:食餌の影響が大きいということでございますね。

家森:実験的にははっきりそれが証明されております。

九野:高脂血症が問題になりましたが、コレステロ−ルを、HDLコレステロ−ルと、LDLコレステロ−ルと区別いたしますけれども、その点はいかがでございますか。

家森:HDLコレステロ−ルの問題は、アテロ−ム硬化、すなわち心筋梗塞のリスクファクタ−に直接つながるような脂肪が関係した動脈硬化にとって、HDLが低くなることが悪いというように考えていただいて結構と思います。

 しかし、日本人の脳卒中の引き金となりますような脳の中の細かい血管に起こってくる血管壊死には、HDLの減少はあまり関係がないようでございます。よい方のコレステロ−ル、HDLが案外多いところでも、日本では脳卒中が沢山起こっておりますね。秋田県でもHDLが案外高いわけですが、それでも脳卒中にはなるわけでございます。結局日本型の脳卒中にはあまり関係がない、主に心筋梗塞に関係して、外国で言われてきたことであると思います。

九野:HDLコレステロ−ルが多くても、脳卒中が多いというのはやはり高血圧を介してですか。

家森:全くその通りだと思います。高血圧のほうがもろに影響していると思います。動物実験でも、動脈硬化を起こすような条件−−すなわちHDLが低くて、LDLコレステロ−ルが多いような条件にしますと、むしろ血圧を抑えるようになります。ですから、このような場合は重症高血圧から来る脳卒中にはならないで、主として動脈硬化からくる心筋梗塞になるわけです。

 

血圧変化の個人的素質

 

佐々木:いろいろお話が出ましたけれども、実験病理学的にわかり易くお示しいただいて、大変有り難いと思っています。しかし疫学的に血圧を眺めてみますと、個人的にいろいろ違うんじゃないかということを感じます。

 臨床の先生は、患者さんが来て、その方をみる。始めてでもそれで的確な診断をつけなければならない。大変ご苦労な仕事だと思うんです。けれども、われわれ地域に入りまして、普通に生活している人々を、10年、20年と数千人の人々を追い続けておりますと、血圧だけについて言っても、同じ東北でも、ずっと血圧が低いまま推移する人もいるわけですね。それからどんどん高くなってしまう人もいる。だから環境因子は大体同じと思われますけれども、そういうふうな個人的な相違があるということが疫学的な中でもわかってきて、その多元性を知りたいと思いますね。

家森:素因は非常に大事だと思います。ですから私ども実験モデルで、脳卒中になるような濃厚に重症の高血圧の素因を持つ動物、あるいは高血圧だけで脳卒中にならない程度の素因を持つ動物、正常血圧の動物などを比べてみますと、食塩の影響にしましても全然違ううわけです。同じ食塩を与えても遺伝素因の強い脳卒中になるラットは短期間で重症の高血圧になって、100%脳卒中になってしまいますが、普通の高血圧の素因を持っているラットでは、食塩を与えても、あまり重症にはならないということがございますので、東北地方でも、同じ食塩をとっても元気な方がおられても当然だと思います。

佐々木:もう一つは、先程栄養の話が出ましたけれども、ここ10年,20年、同じ日本人でも、急速に食生活の内容が変わってきている。一言で言えば、日本全体が同じになってきたように思いますね。また別の言い方をすれば欧米化しておる。それが全部血圧とか、脳卒中なんかに関係しているんじゃないかというふうに思いますけれども。

家森:食事の欧米化は多分に高血圧のパタ−ンを変えていくんじゃないかと思います。

九野:結論としては、やはり遺伝的素因が基礎にあって、それに食餌などの環境因子の影響が大きいと考えてよろしゅうございますか。

 

高血圧の発症年齢

 

佐々木:それがいつ頃、どういうふうに影響していくかということが問題なんですね。たしかに研究の入り方としては、われわれはお年寄りの人とか中年の人の血圧を測り始めたんですけれども、中学生、小学生とか、最近では私達のほうでは3歳児とか、新生児とか、そういう子供のころの血圧をどうにか正確に測れるようになったものですから、それを追いかけています。その先どうなるか・・・私には先がないんですが、将来の楽しみということで考えておるわけですけれども、このことは先生、国際的にも問題になっておりますね。

家森:実際上、いままで本態性高血圧というと30歳,40歳代から起こってくる病気ということで言われていたわけですが、非常に細かく調べてみますと、まなり子供のときから血圧が高めのものが、だんだん本態性高血圧として発症してくるという考え方に最近はなっております。

 そうしますと、私どもの高血圧ラットの実験で見ると全く同じでございまして、遺伝素因がある程度強いと、早くから血圧が高めであるということになります。ですから環境要因の働き方も、当然ごく小さいときから気をつけなければいかんということになってくると思います。

九野:そういたしますと、高血圧の患者さんの管理の際には家族の中の子供さとか赤ちゃんに対する食餌の指導もゆるがせにできませんね。

家森:はい。これは先生がおっしゃったように遺伝を素地としておりますので、非常に大事だと思います。

佐々木:そういう面で例えば食塩の問題なんかも、小さいときから考えたいということになっておるわけですけれども、昔にくらべれば随分よくなりましたね。だから大体理想的なものに近づいておるような、日本人の考え方がそういう方向に向かっていることはたしかだ思うんです。

 ただ、手遅れの方もおりますしね。それが日本でもそうだし、世界でも何千万人といるわけですから。結果的に血圧の高い方が脳卒中や心臓病の事件を起こすというのは、大体どの疫学の成績でもはっきり示しておることですから、やはり大いに高血圧に対して対策を立てなければいけないだろうと。学問上の追究とは別に、具体的な対策が大変必要なことだと思っております。

 

軽症高血圧の管理−−再びNa/K比のコントロ−ルについて

 

家森:その点で私ども最近話題になっております。例えばアメリカで5年間以上フォロ−アップしたデ−タが出ましたが、軽症の高血圧、拡張期が90とか100mmHgくらいの、いままであまり高血圧として治療が必要でないと言われていたグル−プでも、降圧治療すると、やはり先生が言われましたアクシデント−−脳卒中、心筋梗塞が減るんだということになってきますと、軽症の高血圧でも下げたほうがよいという結論になりますね。

 ところがその軽症高血圧者たるや、対象は非常に多くなって、薬物で治療するには、経済的な問題、副作用の問題等がございますので、改めてやはり食餌−−薬物以外の有力な手段といえば食餌になると思うんですが−−で軽症高血圧をコントロ−ルしなければいかんじゃないかということになってくると思います。その場合もアメリカの立場、あるいは欧米の立場と日本の立場は、おのずから異なってくると思います。

 日本は早くから、佐々木先生が指摘されたように、ずいぶんナトリウム/カリウムの比率が高い国でございますので、アメリカは3以下であるのに、日本は5とか6とか、都会でもかなり高いわけでございますから、まずそういう異常のコントロ−ルを考えなければいけないということになります。

 

高血圧の治療について

 

九野:最後に治療の問題になりますけれども、国民健康調査などでも、高血圧の患者さんの95%は通院なさっておられる。私どものところにもたしかに大勢いらっしゃいますし、降圧療法を始めるわけですが、患者さんには往々にして中断される方が多い。例えば自分の気分がよくなったから止めたとか、薬の副作用が怖いから止めたということで、中断される方がございます。私どもはそれをなんとか続けていただくようにしなければいけないと思う反面、果たしてどこまで高血圧の治療を薬に頼るべきかということを、時々疑問に感じます。ただいま家森先生からもお話がございましたが、日本人の高血圧の治療全般に関してのご意見はいかがでしょうか。

佐々木:結論的には両面作戦ということになりますし、重症の方はとにかく治療していただかなければ、またその効果もあるということです。その該当者も多い。しかし食生活も含めて、環境のほうも考えていただきたいと思います。

家森:私も結論といたしまして、日本人の場合は、高血圧を抑制する蛋白質、カリウム、脂肪の摂取が少なくて、むしろそれを増悪するような因子、すなわちナトリウムの摂取過剰が一般的にみられますので、まず環境因子のコントロ−ルは大変大事だと思います。

九野:時間もまいりましたので、この辺で終わらせていただきます。

 どうもありがとうございました。

(カネボウメデイック放送内容集 病態シリ−ズ 高血圧 1−8,昭57.)

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