「栄養と料理」編集部:日本で塩分摂取が医学的に問題にされ始めたのはいつごろからでしょうか。
佐々木:私が学生時代でしたから昭和10年代のころ、脳溢血(のういつけつ)(脳出血)についての総合的・系統的な研究が始まっています。
編集部:そのころのことをもう少しお話ししていただけませんでしょうか。
佐々木:東北地方には「あだり」という言葉があるんです。私は東京生まれだから、「あたり」と澄んで発音するんですが、本当は「た」と「だ」の間の音です。これは、急に意識を失って倒れるという意味の津軽弁で、学問的には脳卒中のことです。
東北大学の近藤正二先生(故人)−−長寿の研究で有名な先生が、脳溢血の成因についての衛生学的研究を展開なさった。今日でいう疫学という言葉のほうが一般的と思いますが、当時日本では疫学(えきがく)という言葉が使われていませんので、衛生学的と言ったんですが・・・。
東北地方では「あだりまき」といって−−この「まき」というのは血統という意味なんですが、脳卒中は運命的なことに考えられていたんですね。東北地方の方々はほかの地域のことを知らないから、30代40代でそういう発作が起こってもごく普通なことと思っていたんです。
ところが、近藤先生が全国を歩いてみると、同じ脳卒中でも関西のほうは70、80、90歳になってから発病する。それに対して東北では壮年期といってましたけれど、20歳から59歳までの脳卒中死亡率が高いことを指摘されたわけです。そのとき先生は、お米を大食することに注目して、お米の大食は塩分の過剰摂取につながって、それが間接的に脳卒中に関与するかもしれないことを「脳溢血」という本の中でおっしゃっています。この本が印刷されたのは昭和23年です。このあたりが最初ではないかと思います。
編集部:その後、どういう形で研究が進んできたのですか。
佐々木:そのほか先日亡くなられた千葉大学の福田篤郎という生理学の先生が、副腎と塩類代謝に興味をお持ちになって、秋田県で実際に農村の人たちの尿をとって塩素から塩分を調べ、26.3gだったと思いますが、それを平均値として報告しました。また、東北大学の中沢房吉先生が高血圧についての特別講演の中で、東北地方では食塩が多いのではないかと述べています。また、労働科学研究所では東北農村の「早老」についての研究をしていました。岡山の農民と東北の農民とではまったく年のとりかたが違う、秋田のほうが非常に早く亡くなるし、リタイヤして息子に財布を譲る。この研究は労働から見ているのですが、近藤先生は食生活から見ていたわけです。
こういういくつかの研究がそれぞれ進んでいたと思います。
編集部:佐々木先生はいつごろから研究に携わってこられたのですか。
佐々木:私は昭和29年に慶應義塾大学医学部講師から弘前大学医学部の助教授として赴任しました。その時からですね。
今は血圧を測るのはごく普通なんですが、当時は生命保険会社で測る血圧がわかっていた程度でした。一般の人たちを測ったことはないんですよ。血圧計を持って地域に入って調査を始めたのは私たちが最初です。
香川芳子(女子栄養大学教授):そうですか。
佐々木:ええ。血圧計を持って、普通の生活をしている人の中へ入っていった。私は疫学の原点と言っているんですが、まさに足で歩き始めたんです。血圧を実際に測る、死亡率を調べる、そのほかいろいろ生活や食事を見ました。
私たちよりちょっと前に、秋田県の衛生部が脳卒中について独自の総合調査をちょっとやったことがあったんですが、それは数年間でとだえてしまった。ちょうどそのあとを私たちがそのあとを追いかけた形になるんですね。
秋田にはまだ医学部がありませんでしたから、秋田へ行ったり青森県内を歩いたりしたことで、血圧を測りはじめた。昭和29年、30年、31年,32年にかけてです。数万人の血圧を測りましたよ。
香川:私は昭和29年に医学部を卒業したのですが、食塩と高血圧の関係についてははきっきりとは習わなかったですね。昭和40年ごろには、常識として食塩が多いと高血圧になるというふうに考えていたような気がしますけれど・・・。
佐々木:私が研究を始めたときは、全然、常識じゃなかった。(笑い)
香川:なるほど。昭和30年から40年の10年間ですね。
佐々木:それに、尿中のナトリウムとカリウムの測定を焔光分析という当時としてはもっとも新しい方法で続け、勉強していくうちに、それまで常識と思われていたことで納得がいかないことが出てきた。たとえば「食塩は1日10gから15gとらなければ生命は維持できないものである」とか、「日本人の食生活は野菜などのカリウムの多い食品をとっているのだから、食塩を多量にとらなければならない」とかいうことが教科書に書いてある。
しかし、私が調べた成績から言うと、野菜や果物を食べているほうがカリウムの摂取量が勿論多かったんですが、血圧の状態はいいんです。それから、りんごを食べている青森の人のほうが、水田単作地帯の秋田の人よりも血圧の状態がよく、脳卒中による死亡年齢が遅いこともあって、「我が国の食塩摂取についての常識と問題点」ということで、昭和37年に発表しました。
編集部:関東地方で比較的塩分摂取量が多い、群馬県のほうではどういう状況だったんでしょうか。
渡辺孝(群馬県立前橋病院長):私が群馬へ赴任したのが昭和38年ですけれども、群馬県で高血圧の発生頻度がどのくらいか、脳卒中の発生頻度がどのくらいか、全然デ−タがなかったんです。
香川:そうでしたか。
渡辺:昭和50年以後は毎年2万人程度の集検をやっていますからデ−タが残っているんですが、それ以前は全然ないんです。
今は秋田県衛生科学研究所にいらしゃる児島三郎先生が群馬県の藤岡の保健所のときにフィ−ルドを作りまして、秋田と大阪のデ−タと群馬のそれとつき合わせてみたことがありました。脳卒中の発生頻度や発症年齢を見ると、群馬はちょうど秋田と大阪の真ん中なんです。つまり、秋田の発生率は高く、しかも若くして起こる。大阪では発生率は低く、しかも高齢。そして群馬はその中間でした。食塩の摂取量は秋田県と大差なかったようです。今は定期的に調べています。
佐々木:今はいちばん進んでいるほうじゃないでしょうか。群馬は。
渡辺:調査だけでなく、生活指導もしてはいるんですが、塩分摂取は減りませんね。一番最初の年が24gでした。児島先生といっしょに調べたときです。昭和60年のデ−タでは15.7gなんですが、全国平均と比べるとまだまだ多い。私はあと4年で定年ですが、私が定年になるまでほとんど変わらないでしょう。
香川:今でもそんなに多いんですか。
渡辺:その中で最たるものが専業農家なんですね。勤労職員と自営業の人は少し少な目なんです。
香川:15.7gという数字は尿中への排泄量ですか。
渡辺:いいえ。国民栄養調査方式による1週間の食事調査の結果です。塩分のとり方の関西との違いを見ると、3つあるんですね。みそとしょうゆと漬け物。塩の使い方はほとんど同じなんですよ。
編集部:調味料として使う塩の量は同じということですか。
渡辺:そうです。たとえばフライが出るとしょうゆをかけるんです。それから、漬け物をそのまま食べる人は群馬では30%しかいない。漬け物にしょうゆ、それにまた化学調味料をかけるんです。まあ、化学調味料のナトリウムの量は無視できますが、しょうゆの量は無視できないと思うんです。1日3回漬け物を食べるという人は50%もいるんです。
香川:いつだったか嬬恋村(つまごいむら)(群馬県)の調査を手伝ったことがありましたね。そのときの食事記録に「たくあん」と書いてあったので、どのくらいかと聞いてみたんです。「一切れぐらい?」「いえもっと食べます」「四切れくらい?」「もっと食べます」。よく聞いてみたら「一本食べています」(笑い)一人一本ですよ。ショックでした。
佐々木:昔は一本ならまでいいほうでした。だから今のように一切れ二切れ食べるのはほとんど問題にならないですよ。
編集部:人間にとって塩分は1日にどのくらい必要なのでしょうか。現在の栄養所要量では1日10g以下が望ましい、としていますが・・・。
香川:かって1日15gとしていた時期もあります。現在は10g以下という表示をしていますが、その前の栄養所要量の改訂のときは食塩の表示がなかったんです。
編集部:色々変わったのはなぜですか。
香川:じつは私は、食塩の表示をしなかったときの栄養所要量のミネラル委員会のメンバ−だったんです。栄養所要量に15gと書いてあると、みんな15gとらなければいけないと思いこんでしまう。それは非常の困る。食塩はだいたい今の日本人の食事内容だったら、特に使わなくても命に別状はないというふうにメンバ−の一人の平田清文先生がおっしゃいまして、じゃあ書くのはやめようということでやめたんです。そうしたら、今度は専売公社が困ると言い始めたんです。
佐々木:なるほど。
香川:なんとかしてほしいと言うことだったので、それでは10g以下にしよう。以下という文字をつけることに相談が決まったんです。かつての15g というのはずいぶん弊害があったような気がいたしますね。
佐々木:ありましたね。15g必要だという理由が私には納得いきませんでしたね。
編集部:どうしてですか。
佐々木:疑問点が5つありました。1)食塩の場合、ほかの栄養素と同じように安全率を考慮する必要があるのか。2)日本人は植物性食品を多く食べているのでカリウム摂取量が多いから、食塩も欧米人より多くとらなくてはいけないととすることに問題はないか。3)食塩摂取量に習慣的摂取量を考慮しなければならないとしていることに問題はないか。4)一般的に好ましい塩味は1-1.2%とされているとし、これに摂取食物量の重量を乗じて食塩の摂取量とみなしていることに問題はないか。5)習慣的食生活に左右される尿中食塩排泄量を考えて所要量を決定することの妥当性はあるのか。これが納得いかなかった点です。
香川:まさにそのとおりでしたね。
編集部:10g以下という数字にした根拠はどこにあるのでしょうか。
香川:最少必要量とうのは1g以下だというデ−タがあります。けれども、今の日本人の食生活からすると、1日1gというふうに書くと現実とあまりにもかけ離れすぎる。だから、今の日本人が平均でとっているのは10g以上あるわけだから、10g以下という目標を与える意味で、以下という表現にしたんです。10gは必要であるということではなくて、10gよりも少なくするようにという注意を与えることにしましょうということに。
編集部:10何gの人は、ともかく10gまでちかずけていこうということですね。
香川:多くても10gを越さないようにという、そういう決め方にしたわけなんです。だから10gをとらなければならないという意味ではないんですね。
編集部:本誌の3月号で「1日10g以下の塩分なんて本当にできるの?」というテ−マで体験談を掲載したんですが、かなり気をつけてチェックしていかないと難しいということでした。
渡辺:アメリカの本を読むと、1日3gの食塩制限なんて簡単にできると書いてありますよ。
香川:日本人の食習慣のことを考えて、達成可能な目標ではないかという配慮で決めたんですが、それを実行するのはかなり難しいようですね。
編集部:食塩の摂取量は少なければ少ないほうがいいのでしょうか。
佐々木:必要最少限度のところに抑えられれば、それがいいと私は思っているんです。ただ、塩分を減らすと今の食生活ではほかの栄養素のバランスが崩れるという面が実際上ありまして、その辺が難しいですね。だから、あまり食塩を攻撃するなという意見の人もかなりいますね。
編集部:塩分を減らすと栄養素のバランスが崩れると言いますと?
香川:青森だったでしょうか。どこかの調査によると、みそ汁をまったく飲まない家庭と飲む家庭を栄養的なバランスから比較してみると、みそ汁を飲んでいる家庭のほうがいいという結果が出ています。
編集部:なぜですか。
香川:料理として考えると、みそ汁というのは日本人にとってなにより慣れた食べ方ですね。なんでも入れてしまえる。カニから野菜からお芋から海藻から、なんでも。たくさん、いろんなものをほうり込んで具が盛り上がるようにする。そういうふうな食べ方を日本人はしてきて、それなりにバランスよくいろいろなものをとってきたと思います。こういう食べ方はほかにあまりない。みそ汁というのはいちばん単純で、栄養のバランスがとりやすい食べ方ではないでしょうか。
編集部:けっして、みそ汁を目の敵にする必要はないでしょうか。
香川:ええ。私たちがすすめるのは、だしを少な目にして、うんと実だくさんにして、火から下ろしぎわにみそを溶かせば、汁が少ないのだからみその量は少なくてすむし、みその風味が生きているのでみそが少なくてもおいしくたべれられるということなんです。そういうみそ汁を1日1杯とか2杯とかなら、野菜もたくさん食べられていいのではないかと思うのですが、佐々木先生いかがでしょうか。
佐々木:食生活のくふうの一つとしていいですね。とにかく、きちんとした知識を持ってほしいと思いますね。みそ汁が悪いと新聞が書くものだから、すまし汁に替えたという人もいるのですよ。そうして合成の変なしょうゆを使うから、まずいの。それならば普通のみそ汁を飲んだほうがいいんです。
渡辺:みそ汁はうすいほうがいいというので、普通の濃さに作ったみそ汁にお湯を入れて薄める。それを全部飲んじゃうとか・・・。
佐々木:みそや漬け物を含めて、いろいろな加工食品にはどうしても食塩が入っているでしょう。だから、塩分を減らすのはたいへん難しい問題なんです。食品産業、食品工業と結びついている問題なわけです。
香川:とにかく、加工食品については、よほど気をつけなくてはいけませんね。
佐々木:そうです。それが非常に難しいところです。これからどうなるかなあと思っていますけれどね。
香川:かまぼこなどは1人で1本ペロリと食べてしまう人もある。それにしょうゆをかけたりしますしね。そのほかにもにもさつま揚げだとか・・・。あれは塩分が2.5%ある。普通は塩をして焼いて食べるものは汁がたれるとか、皮をむくかするし、煮物なら汁は残すということがあるから料理で加えた食塩は口に入るときには減りますが、加工食品はそのまま食塩が口に入ってしまう。
渡辺:そう、そう。それで、「あれはあまり塩辛くないから食べている」と言うんですよね。塩辛さをもろに感じないんです。悪いと感じないんですから(笑い)加工食品に塩が多いということがわからないんです。
香川:加工食品が増えて、ハムやソ−セ−ジの生産量がすごく上がっていますでしょう?
佐々木:鶏肉にしても牛肉にしても、肉そのものは塩分は少ないんですけれど、なんかちょっと加工するとがぜん塩分が増えてしまう。
編集部:塩分を控えたものも出ていますが、どうでしょうか。
香川:塩分控えめの食品で従来の食生活を守っていこうというのは、かなり難しいと思うんですね。つまり、味そのものが濃度の高い食塩でかもし出される味というのか、微生物などの関係もあると思うんですが、塩分の少ないものではその辺がうまくいかない。たとえばおみそなどは、低塩だとアルコ−ル量が増えて風味がかわってしまう。
昔と同じ名前の加工食品でも昔とは風味が変わってしまったものでもいいから塩分の少ないものを食べているのが好ましいのか、それとも、いっそそのことをそういうものはあきらめてしまうほうがいいのか、あるいは昔のままのを少しずつ楽しんで全体の量が多くならないように気をつけるほうがいいのか−−ということを、考えなければいけない時期にそろそろ来ていると思います。
佐々木:食生活というのは非常に保守的ですから、それを変えるのはとても難しいわけです。
池田勇人総理大臣のときの昭和40年ですが、私が科学的技術の専門委員になったとき、「食生活の体系的改善に関する勧告」というのを出しているんです。
その内容は、塩蔵から冷蔵へという流通システムの変換なんです。
私がなぜそういう勧告に賛成したかというと、秋田に行っていくら口を酸っぱくして言っても塩の摂取量は変わらない。要するにからめ手からゆくしかない。それには、食品の流通体系を変える必要がある。
当時は、たとえば沖でとれた魚にスコップで塩をかけて塩蔵にして運んできて市場に出すというシステムだったわけですね。これは日本中みんなそうだった。食塩と高血圧の関係もあったし、アメリカでは塩蔵から冷蔵に変えてから胃癌が少なくなったのではないかということもあったんです。
もう一つの理由は、日本では乳製品をあまり食べていなかったことです。乳製品はすぐ腐るから、都市から遠い所にまでは流通しないんです。
そこでコ−ルドチェ−ン−−低温流通体系、生産地から消費地まで低温でつなげるということで、牛乳を日本中に普及させることができるでしょうし、知らない間に食生活が変わるだろうという含みがあったんです。これはまったく別の面からの、食生活に対する一つの干渉でした。
香川:現在:食塩の摂取量がある程度減ってきたことに、非常に力があったのはそれだと思います。いくら減塩、減塩といっても、食物が腐ってしまって手元に届かないのでは、だれも実行しないと思いますね。
佐々木:食塩についてかなりいい方向に行っていると思うのですが。渡辺先生がおしゃっるように、どうしても変わらないグル−プが残りますね。
渡辺:日本だけでしょう。これだけ冷蔵庫が普及しているのに、食塩があまり減らないのは・・・。
佐々木:私は前に、脳卒中はいずれ風土病化していくのではないかということを書いたり言ったりしたことがありました。つつが虫のようにね。つまり、食生活を変えられないグル−プが住む地域だけに脳卒中が残る。そういう人たちが死に絶えて次ぎの世代になってやっと減る・・・。
渡辺:食生活は両親のそれに似ますね。ことに外食しない専業農家のグル−プに属する人は。
香川:なるほど。
渡辺:じつに乱暴な計算なんですが、たとえば国民栄養調査の結果では昭和60年の塩分摂取量が12.1gでしょう。そこから、みそとしょうゆと漬け物とでとる塩分を差し引くと6gになるんです。つまり、みそとしょうゆと漬け物を食べなければ6gですむ。そういう極端な話もするんですが、だめですね。
香川:そうですね。
渡辺:いろいろ言って言うことを聞かない人に、なぜ牛乳を飲まないかと訪ねると、これは嫌いだからと言う。要するに好き嫌いで選択しているんですね。これからいいお嫁さんを世話しようと思っているのに、本人はくだらない女性とつき合っていて、これが好きなんだと言っているみたいな・・・。(笑い)
香川:なるほど。(笑い)
編集部:中・高年の人の食生活を変えることは無理ですか。
渡辺:入院させると、きちんと病院の食事を食べるんですよ。それも治療費のうちだと思って、残さずくちやんと食べるんです。
香川:でも渡辺先生、入院している患者さんはだいたいおしょうゆや塩をもってきているそうですよ。
渡辺:持ってきていますね。群馬県でいちばん最初に1日の塩分を9gに落としたのはうちの病院なんです。そうしたら、とたんに投書は来るし、病院の評判は落ちるしで困りました。あそこの食事はまずい、まずいで。
香川:そうなんですね。食事の味というのは、濃いのに慣れているとそれよりうすいのは非常にまずく感じるみたいですね。
渡辺:私は患者に、フライが出たらマスタ−ドをつけろ、そうすればそのまま食べられるじゃないかと言うんだけれど、納得してもらえない。マスタ−ドというとおでんにつけるからししかイメ−ジが湧かないらしんですよ。ぜいたく品というイメ−ジがあるのでしょうか。
佐々木:そうですか。
渡辺:面白いデ−タがありましてね。全国都道府県の首都、つまり群馬県なら前橋、青森県なら青森、その肉の消費量を見ると、群馬県が一番少ないんです。
要するに群馬の食生活はまだ昔のままで、あまりよくなっていないのです。ただ、勤め人のは違いますがね。レストランが増えていますから。
佐々木:群馬県は外食産業が一番盛んなんでしょう?
渡辺:そのおかげで外の味を覚えてきましたよ。
編集部:外食が増えて、食べる食品がずいぶんかわりましたか。
渡辺:ところで、1日30品目食べるとどうなるかという調査が、群馬県にあります。そうしたら、1日30品目を食べてた人はみんな太っていました。(笑い)1日30品目を群馬で食べると食べ過ぎになってしまうんですね。まあ、話がちょっとそれましたが、要するに群馬の食生活はだめなんですね。どうしたものかと考えています。
香川:青森だったか仙台だったか忘れてしまいましたが、学校給食を通じて子供達に減塩教育をしたら、その地域の食塩の摂取量がずっと減ったという話を聞いたことがあります。私はそこに一つの光明をみたいなものを見いだしたんですけれど・・・。
渡辺:一つの手かもしれませんですね。
香川:保健所にはなかなか人が来ないんです。でも、学校給食だったらすべての家庭の子供が来るわけですね。そこで先生が、塩分をとりすぎると脳卒中になるんだよとか、高血圧になるんだとか、今日の味はちょっとみんなの家のより薄いかもしれないけれども、薄い方が健康にいいんだとか、塩味がうすくても命に別状はないんだということをしょっちゅう子供に向かって話しかけたら、かなり浸透する事は可能ではないかなあと思うんです。
学校給食には栄養士がついているんですから、先生がたを巻き込んで、そういうふうにしていくのはどうだろうかなあと思うんですが。
渡辺:皮肉なことに、群馬県の学校保健課の報告だと、給食の食塩の量がめちゃくちゃなんです。20何グラムだとかね。
香川:そうですか。給食が残るというのは栄養士にとっては非常に恥ずべきことですから、子供の嗜好に迎合するんですね。でも、学校給食の栄養士のほうも、これから先の日本人の栄養教育のル−ツとして、もう少し重大に考えていただいたほうがいいのではないでしょうか。
編集部:学校給食のほにも、食生活改善に有効な手段はありますか。
香川:各地の生活改善グル−プとかかわりをもつことが多いんです。ああいうコミュニテイ−の女性たちが勉強を始めるときには、高血圧だとか脳卒中とかがきっかけになるんですね。そういう所ではたいがい食生活に注目して、減塩とか牛乳を飲むとか、そういうようなことをやり始めるんですね。そういうグル−プは非常にささやかなんですけれども、そういうものもエンカレッジしていくのも一つの方法じゃないでしょうか。
渡辺:ぼくの歩いた範囲ではだめなんだな。
香川:生活改善普及員という人たちがいますね。農林省の。そういう人たちが指導して、地域の家庭婦人のグル−プの勉強会を通じて変わってくる。渡辺先生は食生活を変えるのは難しいとおっしゃいますが、こういうアプロ−チも不可能ではないと思います。
佐々木:女の人の力はすごく強いと思いますね。そういう活動でどんどん変わってきています。私が関係している所は、ほとんどそういう所ですよ。すべて婦人会が・・・。(笑い)
香川:秋田の井川という村の例ですが、そこは婦人会の会長さんが村長さんのお母さんで、しかも以前は小学校の先生だった人。村中の人が皆教え子だったわけで、男の人でもだれでもみんな、会長さんの話を聞いて食生活の改善に励んだそうです。
佐々木:そういうことは非常に大事なファクタ−です。
渡辺:群馬の人は医者の言うことを聞かないですね。私がそう言ったら、児島先生も「そうだ、そうだ」とおっしゃいましたよ。
佐々木:そうですか。
渡辺:そのくせ、弁護士の言うことは聞くんですよ。医者は安いんだろうかと、私はよくすねるんですけどね。右の耳で聞いて、左の耳から出すんですよ。
佐々木:群馬はかかあ天下と言うから、女の人が強く言うといいかもしれませんね。
渡辺:ええ、その辺からいかなくちゃだめでしょうね。
香川:ですから、そういった婦人団体の活動とか、小学校の給食というところを一つのフォ−カスにして押し進めていくというところが、全体をよくしていくのにはいいですね。
佐々木:非常に手がかかるようだけれど、結局は早いという感じがしますね。ふり返ってみると・・・。
編集部:ところで、東北地方あるいは群馬県で食塩の摂取量が多かったというのはなぜでしょう。
佐々木:それは私に言わせれば、東北の人が生きてきた一つの知恵だったと思いますね。歴史の段階で考えれば・・・。食べ物がなくてどうやって生きていくかと考えたときに、たまたま食塩が手に入るようになって、塩を使ったら食べ物の保存ができた。それで農山村で生活できたと思いますね。
香川:そうですね。
佐々木:これは群馬でもそうでしたし、四国や九州でも山奥のほうに行けばみんなそういう形で生活していた。それが農民の、農家の食生活パタ−ンで、少なくとも200年、300年ぐらい前から続いてきた。今はその結果が出ているのではないかと思います。
香川:現在でも食塩については誤った認識がありますね。たとえば、低血圧の人はもっと食塩をとりなさいと言う先生がいらしたり・・・。
渡辺:いますね。血圧の高くない人は、動物でもそうだけれども、遺伝素因を持っていないのだから、塩を与えても血圧は上がらないし、減らしても血圧は下がらない。つまり、食塩を付加して血圧が上がる人と上がらない人がいるんです。それが時期的なものなのか、独立な疾患なのかまだわからない。難しいですが、いずれにしても、血圧が低いから食塩をたくさんとるというのはたいへんな考え違いです。
香川:汗をかいたら塩分を補わなくてはいけないと、今でも言われていますが・・・。
佐々木:実際は、摂取食塩が少ないときにはそれなりに必要な塩分を保持する能力が人間にはある。現に、数千年来食塩のない生活をしてきた”ノ−ソルトカルチャ−”の人たち−−ヤノマモインデイアンがいることがごく最近わかって、普通の食塩がなくても生きていけることが実証されています。
香川:食塩をたくさんとっていた人が突然無塩食に近い食事にすると、力が抜けたりナトリウム欠乏症になったりするから、食塩がなければだめだというふうに、短絡的に結論づけている人がありますね。確かにそういう現象が起こるわけですけど。
佐々木:1人の人間が40年50年かかって作り上げた食習慣ですから、それを今日明日で急激に変える必要は基本的にはないだろうと思います。40年50年かかったののなら、10年計画でとか、長い目で変えてゆくといいいのではないかと思う。
渡辺:現実には難しいです。なかなか変わらない。本人があまり真剣に考えないんですね。なにか事故が起きたとき、「それ見ろ」と言うと「そんな重大なことなら、先生、なぜもっと強く言わなかったのか」と言う。
佐々木:そう言いますね。それはよくあることです。
香川:本当にやる気になってくれれば減塩はできると思います。心理学とか行動療法的ないろんなテクニックがありますね。
渡辺:そう、テクニックでしょうね。地域によってやり方を考えていく必要がありますね。それと、農家の人と勤労者とでは意識が違う。その点も考えなくてはいけないでしょうね。
佐々木:最近は、食塩と高血圧との関係を短絡して考えているような気がしますけれども、食塩が胃癌の問題にある程度関係してくるというようなことも癌の実験的研究から言われてきましたから、これからは、もうちょっと広く、食生活の食塩の問題を健康全体との関連で考えていく必要がありますね。
編集部:先生がたのお話を伺って、日本人の塩分摂取というのは古くて新しいテ−マなのだと感じました。ありがとうございました。