正月(昭和63年)に日本医事新報をみていたら、古中久敬(こなかひさよし)とう先生が、「老医の嘆き」という随筆を書いておられるのが目にとまった。
”年をとると誰でも先の健康の事が心配になるのである。
食塩を10-8瓦以下にせよと言われても、老人達は味噌や味噌漬大根、また胡麻塩を飯に掛けて食べたが、重労働で汗と共に塩も吹き出して、私達は健康で世の荒波も戦場の苦難も凌いで来たのだ。もう人生の終末を迎えて急に食生活を変えても健康になれるとも思えないのに・・・。
近頃は健康診断と言って、色々と我々老人の病気を発見してくれる。私も何時、何か因縁をつけられるのではないかと心配しているし、その方が不安なのである。ストレスこそ万病のもとなり”と。
これを読まれわが意を得たりと思われる方が多いのではないか。
医師でもこう書いているのだから、一般の素人の方がどう思っているものやら。
食塩が高血圧や脳卒中に関係があるのではないかと言いだした当の本人としてはただただ申しわけなく思うだけである。
食塩が体に大切で10グラム以上毎日摂っていなければ生命を維持できないと百科事典に書いてあった。減塩食は危険だから医師の指示によらなければならない特別用途の食品だと言われ行政的に指導されていた。汗の中に食塩は出るのでその分だけ摂らなければならない、熱中症の予防には食塩錠をと労働衛生で教えていた。南極行きが決まった時、耐寒のために食事を高食塩にしなければならないと論じられていたのが、つい先日のことだから、世の中は変わったものである。
汗の中に食塩がでる話とかその理論は昔の教育をうけた方は大学教授でも間違って理解しているので、前に書いた先生のような意見になるのは止むを得ないものだと言える。もし汗の中に食塩がどんどん吹き出してくるのなら、塩のない食生活の中で生活する人々は生きていけないはずだ。しかし必要な量の塩は日常の自然の食生活で摂っており、その人たちの尿や汗には出していないのだ。
食生活を変えることの難しさを知ったとき、一大決心をして食生活の流通体系の近代化に賛成したのである。それは食品の塩蔵をやめて冷蔵にするというコ−ルドチェ−ンへの勧告であった。これは大変な国家的介入干渉であったが、幸いにして日本の脳卒中や胃癌の死亡率はその勧告が出された昭和40年以降下がってきたのである。
はじめ東北では、若く死亡することが多かったので、60歳まで生きればよい、あとはどうぞご自由に生活してください、味噌が悪いのではなく、ナトリウムが悪いのですと助言したのだが、世の中はそうは動かなかった。