日本人の食事とカリウム摂取

 

 循環器疾患とカリウム

 

 金属元素でKと記号されているカリウムの名前はpotassiumといわれますが、これはすなわちpotは桶、ashは灰で、それに金属元素としてのiumがついた言葉で、灰化した植物から得られることから由来しているといわれております。カリウムは動植物を問わず、この地球上に広く分布している無機物でありますが、われわれの食事の中での成分としては、最近まではほとんど問題にされていなかったと思います。

 しかし循環器系疾患との関連はかなり古くからいわれておりまして、たとえば昭和3年(1928年)に、アヂイソンはカナダ医学会誌に、食塩(sodium chloride)を与えると血圧は上昇し、塩化カリウム(potasium chloride)を与えると血圧は下降するという臨床観察を報告し、食事に食塩が多く、カリウムが少ないために、われわれの世界に高血圧があるのではないかと言う考え方に追いやられるのだといっております。このようなことがあって、カナダ学派は現在でもカリウムに関心が高いのではないかと考えます。

 わが国では昭和11年(1936年)に大森憲太先生は、心臓、腎臓疾患の患者に対しての食事療法の宿題報告を日本内科学会でしておられますが、この中で、日本人の食塩摂取の問題と同時に、カリウム塩の摂取のことを論じ、当時外国で報告のありました”じゃがいも療法”、”バナナ療法”について、これらじゃがいも、バナナともにナトリウムが少なくカリウムを多く含む食品でありますが、心臓・腎臓疾患患者に対する療法として紹介しています。

 われわれが東北地方農民の脳卒中や高血圧予防についての研究を始めたのが昭和29年(1954年)でありましたが、この当時東北地方、ことに、秋田県農民についての高血圧の研究を展開していました千葉大学の福田篤郎教授は、農民の食塩摂取の実態を明らかにすると同時に、農民の血液が低カリウム血であることを報告しております。そして労働科学研究所の方々が、東北地方農民の早老に関する一連の研究の中で、この点を追試いたしまして、農民のカリウム摂取は植物性食品の摂取が多くて、平均6g前後ということの理由ずけを、労働過重の疲労によるカリウムの体外喪失、多量の食塩摂取、多尿による尿中へのカリウム排泄というようなことから理解されると報告しております。

 

りんごと高血圧

 

 一方われわれは、脳卒中や高血圧の疫学的研究から、青森県の農民は、隣の秋田県の農民と違って、中年期(30-59歳)の脳卒中死亡率が低いこと、また血圧水準が低いことを見つけまして、このことが青森県に生産されるりんごと関連があるのではないかと考えるようになったのであります。津軽農民は、当時1日1人当たり2.5個のりんごを食べておりました。りんごを多く食べるほど血圧水準が低いこと、また秋田県にりんごを運び、農民に1日6個を食べてもらって観察しましたら、血圧が下がるということを報告しました。その後今日まで、青森県農民の方が、若い脳卒中、とくに脳出血が少ないということを、追跡的疫学研究で認めております。

 このような研究を始めた当時(1957年、昭和32年)に、Dr.Meneelyは、慢性食塩中毒に対するカリウムの保護作用という研究成果を発表しました。彼は、1951年から慢性食塩中毒の系統的研究を始めたのでありますが、カリウムを与えますと、ネズミの実験ではありましたが、人間になおせば約20年の延命効果があることを実証したのであります。ところが当時の一般の教科書、あるいはまだそのようにお考えの方もあるかと思いますが、日本人の摂取食品が植物性食品が多く、またカリウムの摂取がはなはだ多い、そこで食塩の要求量も欧米人より多いものと考えなければならぬという考え方でありました。

 この常識が、いろいろな成績から見てどうも間違っているのではないかということを、昭和37年に発表したのでありますが、当時の保健指導の本に、菜食こそ高血圧のもとである、すなわちカリウムを多く摂ればそれだけ食塩を多く欲しくなるといったような指導が行われたことを覚えております。

 

”no-salt”culture

 

 私は、食塩摂取は、人間の文化人類学的な特色がしからしむるのではないかと考えています。昨年、”Circulation”に発表になりましたブラジルのヤノマモインデイアンについての成績は、これを裏付けていると思います。すなわち、数千年間も他の人類との接触がなかった、いわゆる原始人と考えられる人たちについての所見でありますが、この論文の標題にありますように、”no-salt”culture(塩のない文化)に住む人たちの所見でありまして、食塩の摂取は1日1g以下であります。一方、彼らの食生活がバナナ、あるいはいもが主体であることから、カリウム摂取は約7gということでありまして、草食動物とまったく同じような値を持っているのであります。血清ナトリウムを見ますと、140mEq/lで、対照の142と同じであります。このhomeostasisが保たれているのは尿中アルドステロンや血清レニン活性が高い値をとっていることから理解されるのであります。血清カリウムについては、すこし溶血したということで値が発表されていないことは大変残念なことであります。ところが彼らの血圧というものは高血圧というものがまったくないのでありまして、最高が100mmHg前後、最低は60mmHg前後ということであります。肥満もなく、肉体的にも極めてactiveであるとおいうことであります。

 

日本人の食事とカリウム

 

 さて、日本人の食事の中のカリウムを考えてみますと、一般の食品分析表にはカリウムの数値がまだ示されていませんので、十分検討されているとは思えません。厚生省の栄養調査の資料から計算してみますと、1日1人当たり約2.5g(60mEq)の摂取量と考えられます。しかし、その食事を灰化してカリウムを測定してみますと、1.95g(50mEq)という報告でありまして、若干差があるのですが、およそ1日2gと考えてよいのではないでしょうか。われわれが22日間蓄尿して調べた成績でも、尿中平均1.9gのカリウムの排泄を認めておりますが、りんごを与えた方では、これが2.6gでありました。

 一般の食品分析値は1食品1数値をとって示されておりますので、当然生産地の条件、すなわち土壌とか肥料とか、また生産方式によって差が出てくることが考えられまして、かなり幅があるものと考えなければならないと思いますが、しかし、その割合は2倍とは差がないのではないかといわれております。消化、吸収についてはあまり資料がありません。たとえば海藻などは、分析上の数値をそのまま吸収されたものと考えてよいかどうか、問題だといわれています。また料理の方法にも関係があり、カリウムは水によく溶けるところから、ゆっくり茹でれば50%くらいはお湯に出てしまい、素早くゆでれば20%ぐらいですむという報告があります。わが国では野菜は漬け物にして食べることが多いのでありますが、これはナトリウムをつけ加えると同時にカリウムが少なくなるということで問題があると思います。

 一般にはカリウムは野菜、果物に多いのでありますが、たとえば100gについて、じゃがいもでは400mg(10mEq)、バナナは400mg、りんごは300mg、ほうれん草は600mg、とくに豆類が多くて、大豆は100gについて1600mg含まれていまして、いわゆる長寿に関係のある食品にカリウムが多く含まれているという点に大変興味を持ったのであります。肉類のような蛋白質にもかなり多く含まれておりまして、魚は大体300-500mg、鶏肉が多くて350m、牛乳は100mgでありまして、1本飲むと200mgは入ってくる計算になります。

 われわれが秋田県農民で尿で調べた時に、mEqとして、カリウム1に対してナトリウムが10ぐらいになりまして、この比がきわめて高い値をとっていることに驚いたのであります。

 高血圧と食塩との関係を追究しておりましたDr.Dahlに約10年前にお会いしました時、彼の意見では、高血圧に関与するのはナトリウムの絶対量であるということでありましたが、彼の最後に近い論文では、彼は食塩に鋭敏に反応するネズミを用いて実験しておりますが、ナトリウムとカリウムとの比を変えますと、すなわちこの比を10くらいにしますと高血圧になりやすい、また1に近づけると高血圧になりにくいということであります。

 いづれ食品分析表の中にカリウムの分析値が公表されるようになると思いますが、高血圧とナトリウムの関係が重要視されてきた今日、カリウム、あるいは他のミネラルとの関連も考えざるを得ない時代になってきたと思います。

日本チバガイギ−:カリウム異常診療の実際,27−29,昭52.5.25.)

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