臨床医学上高血圧と食餌療法との関連、とくに食塩制限が治療上有効であることが示されたのは「牛乳療法」であり、高血圧症に対しての食塩制限は、1904年のアムバ−ト(L.Ambard)とブジャ−(E.Beaujard)にはじまり,1920年のアレン(F.M.Allen)以後といわれている1−3)。
アムバ−トらは高血圧患者に食塩を1日3グラムにすると、14.5グラムにする場合とを比較して、減塩食にすると血圧は下がり、食塩の制限を止めると上昇することを見た。当時は食塩制限はクロ−ル(Cl)制限とみていたが、クロ−ル制限は血圧を常に正常に復するわけではないが、腎炎患者で持続性の重い高血圧に発展するのを防ぎうるとした。アレンらは浮腫を伴った心疾患に厳重な食塩制限を行って報告した。このとき高血圧の改善が著しかったので、浮腫のない高血圧までこの治療法は拡張されたと述べた。
1928年アデイソン(W.L.T.Addison)4)はカナダ医学会誌で、食塩を与えると血圧は上昇し、塩化カリウムを与えると血圧は下降するという臨床観察を報告し、「この大陸に高血圧がよくあることは、カリウムの少ない食事をとり、調味料として、また肉の保存に食塩を用いすぎることもあるという概念に強いられる」と述べた。しかし食餌療法は腎臓疾患に対しては有用ではあるが、高血圧症にたいしては何の価値もないと考えられていた。
1936年わが国の大森憲太は、「食餌療法」を報告5)したが、その中で「幾瓦の食塩が1日量として最適なりや否やという事は未だ信頼すべき数字がない」という説を引用しているが、習慣的摂取量を超過した場合、健康人にとって有害なりや否やは非常にむずかしい問題だと述べている。しかしある種の心腎疾患においては排泄障害があり、食塩を厳禁または制限しなければならぬと述べ、通常1日食塩摂取量が17グラムから24グラムといわれていた日本人についての減塩食について報告している。このときジャガイモ療法、バナナ療法のあることを紹介した。
ところが高血圧症に対する食餌療法の革新は、ケンプナ−(W.Kempner)によって1944年もたらされた6)。
ケンプナ−の食餌は、米果実砂糖食餌(rice-fruit-sugar diet, rice-fruit dietあるいはrice dietといわれる)で、今までの食塩制限食よりはるかに厳格なもので、米と加工しない果実、果汁及び砂糖与え、これに各種のビタミンを加えたもので、15-25グラムのたんぱく質、4-6グラムの脂肪,460-470グラムの糖質,0.25-0.4グラムのナトリウム,0.1-0.15グラムのクロ−ル,果汁700-1,000mlで,熱量は約2000カロリ−として、2か月以上与え、観察例数をまして報告したものである。
このケンプナ−の米食療法は高血圧の治療に大きなセンセイションをおこしたが、食塩制限があまり厳格だったことや、低たんぱくであったことなど賛否こもごもの批判が展開された。大学卒業間もなくロックヘラ−研究所にいたド−ル(L.K.Dahl)はこのケンプナ−の米食療法が何故高血圧に効果があるのかについて代謝研究を行い報告7)したが、後にとくにナトリウム(Natrium, sodium)との関連を追究することになった。
1950年高血圧症と食餌についてはすでに100年来論じられているがと総説をまとめたチャップマン(C.B.Chapmann)らは、ケンプナ−の米療法など、多くの減塩療法について紙面をさいて論じている。クロ−ルかナトリウムかという問題にもふれ、食塩摂取の増加によって血圧が上昇する症例もあるが、また減塩の危険性も述べ、食塩の制限が独立して高血圧患者の血圧を下げさせることを示したわけではないと結論ずけた8)。
1951年わが国で中沢房吉によって臨床的方面の「高血圧病」の報告がされた9)。
「総ての高血圧の90%を占める高血圧症の本態に関しては過去数十年にわたる世界の学者の撓まざる努力にも拘らず今日未だ暗黒のうちにある」と述べている。しかし同時に行われた秋田県農村、岩手県農村での高血圧病と環境との関連を調査した研究によって「食塩の過剰摂取は血圧亢進のかなりの有力な一因と見做すことができよう」と述べた。
1)浅野誠一:食餌療法(医学シンポジウム第五輯高血圧).p.217. 診断と治 療社,東京,1954.
2)Ambard et Beaujard:Causes de l'hypertension arterielle. Arch. Gen.de Med. 1, 520-533, 1904.
3)Allen F.M.:Arterial hyperytension. J.A.M.A. 74, 652-655, 1920.
4)Addison,W.L.T.:The use of sodium chloride, potassium chloride,
sodium bromide, and potassium bromide in cases of arterial hyper-tension which are amenable to potassium chloride. Canadian Med.Ass. J., 18, 281-285, 1928.
5)大森憲太:食餌療法.日本医事新報,713, 1591-1664, 1936.
6)Kempner,W.:Treatment of kidney disease and hypertensive vascular disease with rice diet. North Carolina Med. J., 5, 125-133, 1944.
7)Dole,V.P., Dahl,L.K., Cotzias,G.C., Eder,H.A. and Krebs M.E.: Dietary treatment of hypertension. Clinical and metabolic studies of patients on the rice-fruit diet. J. Clinical Investigation. 29, 1189-1206, 1950.
8)Chapman,C.B. and Gibbons,T.B.:The diet and hypertension. Medicine, 29, 29-69, 1950.
9)中沢房吉:高血圧病(臨床的方面).日本内科学雑誌,40, 487-509, 1951.