4月16日夜11時のニュ−スで新しい弘前市長に相馬しょう(金へんに昌)一さんが当選したと報道された。弘前・岩木・相馬の旧三市町村合併後の新市長である。
長らく県議をやられていた方で、「新しい街に新しい風を」をキャッチフレ−ズに当選した。五度目の金沢隆、新しく立候補した下田肇、須藤宏さんのそれぞれの票数をみると、色々思うことは多いが、今日は省略することにする。
相馬さんの経歴に「県議」のほかに「税理士」とあったことに目がついた。新しい市政がどうなるのかなと思うのが今朝の感想である。
以前福沢諭吉先生はネ−ミングの才があるのではないかと「現に英語で云うポリチカル・エコノミ−を経済と訳し、モラル・サイヤンスを訳して修身学の名を下したるも慶應義塾の立案なり」と「義塾のこと」に書いたことを思い出した。
「経済」を辞書でみると、「経済する」とは「経国済民または経世済民の略とあり、国を治め、民を救済することとある。その他、金銭のやりくりなどあり、経済学部の略ともあった。
慶應義塾では、明治19年に大学部発足にあたっては文学・理財・法律の3科であったが、大正7年公布の大学令に基づいて、文・経済・法・医の4学部になった。私が育った頃には、「経済学部」は慶應義塾の目玉であった。兄は経済に私は医学部を選んだが。
「武士は食わねど高楊枝」の中で「借金はするな」「賭事はするな」の中で育った自分は、「お金」「経済」のことには全く知識はなかった。
卒業後、海軍・復員収容部にいて生活したが、退職金をもらって、しばらくは「無給」で勉強できるかと慶應の衛生にもどったが、インフレにもまれた話は前に書いた。その時はじめて「お金」「経済」のことを考えたことがあったが、弘前へきてからは「親方日の丸」で、今は「年金」で最低限の生活はできているのが現状である。
この地球上でのいろいろの生物の生活をTVでみると、ほんとうに「生きる」ために努力をし、「進化」してきたかに思える。「進化」という言葉についてはいずれ書かなくてならないとの思いがあるが後日にゆずりたいと思う。
生物の中の「人間」についてみると、歴史の中でも、数千年のレベルでみても色々である。
私が専門で追究してきた「食塩」でも、「no-salt culture」から、かつての日本の東北農村のように「過剰食塩摂取」で生き抜いてきた人もいる。
「貨幣経済」の中で「お金」によって、生きるようになってからも、「銀」から「金」そして「紙幣」と経過をとり、「ドル」「ポンド」「円」そして「ユ−ロ」また最近は「元」が話題である。
「為替経済」はよくわからない。「日米プラザ合意」後急激に日本の「経済」に変化がみられたようであるが、その変化は何であったのであろうか。「バブル」になってそれがはじけた記憶がある。
先日来の話題の「株取引」「仕手筋」「時価総額」「グレ−ゾ−ン金利」など分からないことばかりである。
「国同士の戦争」であったのはつい先日であったが、そして「new war」になったが、「殺し合い」の世の中に先はみえない。
かつていわれた「平和の戦争」の言葉が記憶にあるが、これからの世の中は「経済」の戦いになるのではないか。(20060417)